電話はスバルの方から切ってきた。再度かけ直す事も出来たが、恐らく話は平行線で終わるだろう。
『目論見が外れて残念だったわね』
いつの間にか、ソロの傍にハープが立っていた。ハンターVGから勝手に飛び出してきたようだ。
「馬鹿にしているのか」
『心外ね。むしろこっちこそミソラを馬鹿にされたと思ってるんだけど』
どうやら先ほどの会話を聞かれていたらしい。ちくりと言ってくるあたり、彼女もまたスバルと同意見なようだ。
よくよく考えれば、彼女からの依頼を受けておきながらもドタキャンするのは、流石に馬鹿にされてると思われても仕方なかった。一度首を縦に振った以上、どれだけ嫌でも最後までやり遂げてこそ文句を言うべきだろう。
『……知らないでしょうけど』
唐突にハープが口を開いた。
『今のミソラの資産なら、スバル君を養うぐらい訳無いのよ。でもあの子はそれだけは絶対にしない』
それはそうだろう、とソロは内心思う。そんなヒモのような生活、ミソラはともかくスバルが喜んで選ぶとは到底思えなかった。
『お互いに未来や夢を追い、それを支える。べったりくっつきあうような関係では、それは出来ないのよ』
なるほど。理論としては筋が通っている。
しかし、本当にそれだけなのだろうか。どうしても心のどこかにこびりつく不信感が拭えない。
結局のところ、自分をスバルの代わりとして傍に置いて安心したい。それだけではないのだろうか。
『大丈夫よ。あの子はもう、貴方に必要以上に噛みついたりしないから』
ソロの迷いを見透かしたかのように、ハープはくすくすと笑った。
そう言えば、敵対した事もあってか彼女の警戒心は高い物だった。……そもそも自分相手に、普通の意味でフレンドリーに接してくる相手など皆無に等しいのだが。
「必要以上という事は、今も噛みつくつもりはあるわけか」
揚げ足を取るように言うと、ハープは苦笑した。
『とりあえず、依頼から逃げ出そうとするなら怒るわねぇ』
「……」
痛いところを突かれ、思わず詰まってしまう。
そしてタイミングを見計らっていたかのように、シャワーを終えたミソラが風呂場から出て来た。
手の怪我があるのでシャワーは浴びなかった。
代わりに暖めてあったタオルで体を拭き、用意してあったバスローブに手を通す。脱いだ服は速攻で洗濯機に放り込まれたからだ。
「ホテル行く前に服買えば良かったね」
「余計なお世話だ」
ミソラの気遣いを突っぱねるが、「いつもの服だと目立っちゃうんだけどなぁ」とぼやかれた。
「ソロはルックスいいから、何着せても似合うと思うのよね~」
ミソラの楽しそうな声に着せ替え人形化される未来を予想し、思わず身震いしてしまう。この手の女はやたらと厄介なのは、漫画などを読んでよく解っている。
時計を見れば、午後五時過ぎ。外を見ると、日が落ちていく街並みがよく見えた。
「綺麗でしょ?」
「……そうだな」
その言葉には素直に頷く。
たまに高い所に逃げたりすることがあるが、その時は警戒するために辺りを一瞥するぐらい。いい景色とか思う事はあまりなかった。
返事に満足したらしく、ミソラがにかーっと笑う。
「へへ、ソロも気に入ってくれて良かった」
ミソラ曰く、夜になると更に綺麗な光景が見れるらしい。興味はないが、少しだけ期待はしておくことにした。
食事はホテルが用意してくれたコース物だった。
高級フレンチのような豪勢な物ではなく、肉や揚げ物をメインとした若者好みのラインナップである。
「本当はお高めの料理提供しますよって言われたんだけどね。テーブルマナーとか全然知らないから断ったの」
そう言いながら、和風ドレッシングだけがかかったサラダにフォークを突き刺すミソラ。確かに、一部を除けばテーブルマナー完備のティーンエイジャーなどいないだろう。
「今考えたら、正解だったね。これならソロも気後れしそうにないし」
「別に。食事に何も感じる事はない」
ソロにとって、食事はただの栄養補給以上の認識はない。どのような食品であっても、体に入れば全て栄養だ。
「これ食べたいな、とか思った事はないの?」
「……」
ミソラに問われ、少しだけ記憶をまさぐる。
パンやスープがあればご馳走だった幼少期。肉が食べたい、野菜が食べたいとかよりも、とにかく腹に溜まるものを食べる事が優先だった。
テレビとかで人々が「あれが美味しかった」「あそこの店のメニューが素晴らしかった」と語り合っていたが、自分には関係のない話でしかなかった。
沈黙で悟ってくれたらしく、ミソラも「そっか」と寂しそうにつぶやいた。
「ハンバーガーとか一度も食べたことないってわけじゃないよね?」
「さすがにそれは食った事がある」
「ふーん……」
チーズとケチャップがたっぷりのピザトーストにかじりつく。
端っこに残ったソースをぬぐっているとミソラがまた口を開いた。
「じゃあさ、誰かと一緒に食べた事は?」
――何故かどきりとした。
今お前と食べている、という皮肉は求めていないだろう。つまり、彼女が聞きたがっているのは自分の過去だ。
言うべきか、言わないべきか。
キレたりはぐらかしたりすることで、その場を乗り越える事は可能だろう。しかし当然だが彼女はそれで諦めないだろうし、自身のプライドにも関わる。
しばしの沈黙の後。
「……何回かはある」
少しだけ、素直に話すことにした。
「何も知らない奴が、食事に誘って来た事がある。大抵は断ったがな」
「『何も知らない』? ……ああ、なるほど」
またミソラはこっちの特異体質を忘れていたらしい。ソロの説明に一瞬首を傾げつつも、どういう事か理解したようだ。
事情を知らなければ、ソロは「可哀想な孤児」のように見えるのだろう。手を差し伸べてくる者は少ないながらも存在した。うちで暮らそうと言ってくれた夫婦もいた。
しかし、その優しさも自分の素性を知った瞬間に失われる。ムーの特異体質を恐れる者、利用しようと企む者、そして……。
「その時の会話も、メニューも覚えていない。覚えているとしたら、食事の後のそいつらの末路ぐらいだ」
『末路? 随分と物騒な事を言うのね』
ハープも興味津々なのか、口を出してきた。自分も末路と言うのは言い過ぎかと思うが、自身のボキャブラリーではこれしか思いつかない。
「ほとんどが周りにそそのかされて追い出しに来たから、叩きのめした。あとは……」
「あとは?」
「オレの力を狙った連中に目を付けられて、殺された」
「『……!』」
二人が息を呑むのが手に取るように解った。
無理もない。人が死ぬ……特に殺されると言うショッキングな事件に対し、慣れがあるとは到底思えなかった。
「チンピラやマフィア、テロリスト、犯罪組織。今考えれば、ディーラーもいただろうな。そういう奴らがオレに構う人間を邪魔者として排除したわけだ」
もしかしたら国家関係やサテラポリスもいたかもしれないが、そこまでは口に出さないで置いた。まだ彼女たちに、国や警察組織の闇を話すには早すぎる。
そもそも今は電波人間の存在が公表されており、ハープ・ノートもサテラポリス遊撃隊として知られている。国や公務機関が手を出すことはまずないだろう。
(ああ、そういう事か)
そこまで考えて、ソロは何故シドウたちが熱心に遊撃隊にスカウトしてきたのかをやっと理解した。
全世界にネットワークがあるサテラポリスがソロを抑えておけば、大っぴらに自分やムーのテクノロジーを手に入れようとする者はいなくなる。もちろん、素性は完全に伏せる必要があるが。
余計な事を、と思う反面、その余計な事が今の自分たちの立場を築いていると自覚する。
サテラポリスのお節介のおかげで、今自分を突け狙うのはマフィアなどの犯罪組織ぐらい。ミソラもまた、こうしていらない詮索をされずにアイドル業に専念できている。
自分たちは所詮、まだ子供なのだ。
一人で生きていたくても、誰かの保護を受けないと生きていけない。それが悔しいし悲しい。
ソロはこれ以上何も言うことなく、目の前にあるフライドチキンに手を伸ばす。かじりついた味は、いつか食べたそれと恐らく同じ。
あとはミソラだけが一方的に話しかけるだけの夕飯となった。