遠縁の親戚・3「スバルの拒絶」

 昼食を終え、外に出る。
 気になって辺り一面を見回してみると……なるほど、明らかにミソラを見ている電波体やウィザードがいる。
 一応今のミソラはファンにすぐに気づかれないような私服姿だが、その電波体たちは私服姿のミソラをちゃんと響ミソラとして認識しているのだ。
「どうしたの? ……あ」
 ふいに変な方向を見始めたソロに、ミソラが声をかける。彼女は自分が肉眼で電波を見れるという体質をすっかり忘れていたようだ。
「何か、いたの?」
 無言で頷くと、ミソラの顔が少しだけ陰った。
「ハープは解る?」
『……確かに、それっぽいのはいるわね』
 ソロが目星をつけたものと同一なのかは解らないが、とりあえず彼女も何か察したようだ。『気づかないふりをして、待ち合わせのビルまで行きましょう』とアドバイスしてきた。
 今日ミソラがここにいるのは、一週間後のイベントの打ち合わせと挨拶のためだ。招待された身として、ちゃんとスタッフに挨拶して回る必要がある。
「ソロは私の遠縁の親戚として話つけるから、なるべくそれっぽく振舞ってね」
(それっぽいとはどういう意味だ)
 心の底から疑問に思う。
 そもそも自分とミソラは肌の色からして大きく違う。遠縁の親戚という設定も、相当無理があるのではないか。
 ミソラが見ていないのを確認してから、ソロは深々と溜息をついた。ついてしまった。

 アメロッパの芸能関係者への挨拶回りは、滞りなく終わった。
 誰もがミソラの隣に立つソロに疑問の目を向けてきたが、それらは全部ミソラの「遠縁の親戚」の言葉で撥ね退けられた。
 全員が納得しているとは思えないが、それら全部にいちいち納得できるような説明をする気は全然ないらしい。思った以上に彼女の神経は図太いようだ。
「ハープ、今日回る分はこれで終わり?」
『そうね』
 時間は午後四時を回ったところ。
 そろそろホテルなり宿なり戻って一休みしてもいいだろう。自分は野宿でも全然かまわないが。
「じゃあ、ついてきてね」
「……」
 やはり同室は避けられないようだ。
 さすがにミソラも何に警戒しているのか解ったらしく、道すがら自分が泊っている部屋について話し始めた。
「泊まってるのはエンパイアホテルってとこでね。そこのスイートを用意してくれたの。ベッドも二つあるから、片方使っていいよ」
「余計な気遣いはいらん」
「いや、ベッド以外の所で寝られる方が困るって。シーツとかわざわざはがすの?」
「……」
 うっかり納得してしまった。
 別にシーツや布団がなければ風邪をひくとは思えないが、ミソラが余計な気を利かせてしまうかもしれない。
「ソロの言いたい事も解るよ。でもさ、ボディガードが別部屋はともかく別ホテルとかじゃ、あんまり意味なくない?」
『別部屋も用意できるほどの余裕もないものねぇ』
 ミソラの言い分をハープが補強する。
 一応彼女たちも同室なのはためらったらしい。しかし代案はなかったため、仕方なくこうなったわけか。
「まあスイートルームって部屋広いし、二部屋あるようなもんだから、同室と言ってもそんなにプライベート丸裸ってわけでもないと思うよ」
 実は持て余してたの、と付け加えられ、何となくソロはあえて同室を選んだ理由が解った気がした。

 ホテルは普通に二人で入った。
 ソロは電波変換で潜り込むつもりだったが、「それだとご飯二人分の説明が難しくなる」と言われて渋々二人で入る羽目になった。
 元々一人で泊ってるのをもう一人追加するのでややこしい事になってもおかしくなかったが、先にミソラたちが説明していたらしく追加料金だけで話は済んだ。
 追加料金はミソラが支払った。これも報酬の一部という事のようだ。
「荷物は適当に置いていいよ」
 部屋に着くとミソラがそう言うが、あいにくソロの荷物はスターキャリアーとハンターVGぐらい。それらを手放すつもりはないので、ソロは黙ってソファに座った。
 ミソラがシャワーを浴びに行ったのを確認してから、ソロはハンターVGに登録しているアドレスにアクセスした。
 時差があるから相手が出れるかはちょっとした賭けだったが、運良く2コールで相手が出てくれた。

『もしもし?』

 ニホン時間六時。ソロの電話を取ったのは、起きたばかりの星河スバルだった。
「腑抜けた顔だな」
『え!? そ、ソロ!!?』
 起き抜けのスバルだったが、ソロの顔と声ですぐに目が覚めたらしい。ハンターVGにかじりつく勢いで顔を近づけてきた。
『こ、こんな朝早く何なの? ていうか、今寝てたんだけど』
「今アメロッパにいる。響ミソラの所だ」
『はい??』
 まだ事態を把握できていないらしく、スバルは首をかしげている。起き抜けとは言え、頭の回転が悪いのは相変わらずのようだ。
「あの女が面倒ごとに巻き込まれている。さっさとこっちに来い」
『ああ……』
 やっと自分が言いたい事が解ったらしい。少しだけスバルの顔がしゃきっとしてきた。
『事情は聞いてるけど、ミソラちゃんに実際に何かあったの?』
「何?」
 スバルの言葉にソロの眉がぴくりと跳ねた。
 事情は聞いている。という事は、彼はミソラがストーカー(?)に付け回されているのを知りながら放置しているという事になる。あれだけキズナキズナと言っておきながら、だ。
「……貴様にとって、あの女はその程度という事か」
『え?』
「見損なったぞ。所詮口先だけの男だったか」
『ちょっと!』
 言いたい事だけ言い捨てて切ろうとすると、スバルの声に怒気が混ざった。
『何聞いたかは知らないけど、ミソラちゃんは僕が行かない事を知ってるよ。見捨てたとかそういうわけじゃない!』
「知ってる。試験期間とかだろう? その程度の事で……」
『いい加減にして! ソロ、そういうところ本当に無責任だよね!?』
 予想外の反論に、思わず首をかしげてしまった。
 無責任。自覚も身に覚えも何もない。スバルは何を指してそう言っているのだろうか。
 当のスバルはもう完全に眠気が冷めたようだ。その目にはいつもとは違う感情……蔑みが混じっていた。
『君、ずっと前からミソラちゃんや皆に何かあったら、全部僕に丸投げすればいいって思ってるよね。そうすれば余計な揉め事に巻き込まれないとか考えてさ』
「……」
 図星だった。
 スバルはともかく他の連中からの印象はいいとは思ってないので、自分が関わったと知ればいい気分はしないだろうと考えている。
『だいぶ前に、ミソラちゃんが怪我したからって無理やり僕に押し付けてきたこと覚えてる? あの時はカバーに回ってくれたらしいけど、暁さんたち大変だったって言ってたんだよ?』
 ……何となくだが覚えている。
 運悪くはぐれていたハープ・ノート――ミソラが怪我をしていたのを、思いがけずに発見してしまった。
 自分が来たよりもスバルが助けに来たという体の方が喜ぶだろうと考えたソロは、スバルにその事を告げてそちらに向かわせたのだ。

 ――こっちはたくさんの敵を相手にしてるんだよ!?
 ――知るか。あの女のピンチなんだ。行かないわけにはいかないだろう?

 スバルの泣き言を一蹴し、半ば無理やり彼女の元に行かせた。その判断は間違っていないと、今でもはっきり言える。しかしスバルは違うようだ。
『それだけじゃないよ。たまに委員長や色んな人を助けてるけど、君はその都度僕が助けた、僕が来たって事にしてる。
 君としてはその方が楽なんだろうけど、知らないうちに巻き込まれてる僕としては溜まったもんじゃないんだ』
 スバルの吐露は、考えた事すらなかったものだった。
 自分よりもスバルの方が喜ばれると思った。だからスバルの名前を上げただけに過ぎない。だが相手はそうは思っていなかったようだ。
『だからさ』
 こっちの戸惑いを感じたか、スバルが先を続ける。
『たまにはちゃんと人と向き合ってみてよ。ミソラちゃんがソロにお願いしたのは、たまたま近くにいただけとか、ソロが強いからとか、そんな単純な理由じゃないと思うんだ』
「……貴様の妄想じゃないのか?」
『それはないよ。だって、僕と彼女は似た者同士だから』
 僕には何となく解るんだ。
 スバルの言葉に、ソロの心の中で何とも言えない感情が渦巻いた。