ルッキズム

 いつの時代でも、ルッキズムは結局変わらないと思う。
 美人や美形はもてはやされ、そうでないのは蔑まれる。特にスクールカーストにおいて、美醜は大きな違いになる。
 実際今、私はそのスクールカーストにおける被害を受けていた。
「ちょっとブサ子、これ遠すぎて皇紀だって解らないじゃん!」
 私が撮って来たウィズダム支配人の隠し撮り写真の数々、それらをばら撒くのは近藤八重子。
 すましていれば美人な八重子だが、口を開けば悪口や陰口などの罵詈雑言、機嫌が悪くなればカースト下の私たちに暴力も辞さないという暴君だ。そんな彼女がスクールカーストの上位に立っているのは、何度も言うがその美しさとスタイルの良さ。
 一方私はお世辞にも美しいという顔立ちではなく、身だしなみを整えているだけマシなぐらい。スタイルも寸胴で、これから育つとはとても思えなかった。
 さてこの八重子、強欲な性格でイケメンとあれば誰でも手を付けようとする。そんな彼女の最近のお目当ては、美形揃いのウィズダムだ。彼女はもう何回も通っているらしいが、ウィズダムでは従業員の写真を撮るのはNGらしい。そこで街中で彼らを隠し撮りして来いと私に「命令」してきたのだ。カースト下位の私に断る術はなく、何とか撮って来たのだが実際はこのザマだ。
「ブサ子に任せたのが間違いだったんじゃなーい?」
「美形も近づいて来る女を選びたいもんなぁ!」
 取り巻きの男女がぎゃははと下品な声で笑う。
 八重子はひとしきり笑うと、私の腹に蹴りを入れる。突然の暴力に、私は思わず尻もちをついた。

「あんたねぇ、いい加減にしないとあんたの妹、皆でマワすよ?」

「!」
 妹。私と比べて……いや、比べるべくもなく綺麗な子。あの子は美少女故に親をはじめとした色んな人からちやほやされ、スクールカーストも気にしなくてもいい幸せな人生を送っている。最近彼氏もできたと、何もかもが絶好調だ。
 私はそんな妹に対して怒りも妬みもないと言えば噓になる。とはいえ、妹がこんな連中にひどい目に合わされるのを黙って見ているほど、下衆になったつもりはない。
「妹には手を出さないでください……」
 とりあえず妹を庇うと、八重子はにやりと嫌らしい笑みを浮かべる。美人はそんな笑みを浮かべても崩れないのだから得だなとぼんやりと思った。
「じゃあ今度はちゃんと撮ってきなさいよ。今度は……そうねぇ、仮面ライダー屋とかいいわね」
「仮面ライダー屋?」
 初めて聞く名前だ。首をかしげながら聞くと、八重子は大げさに「これだからブサ子は」とため息を付いた。
「仮面ライダー屋ってのは、最近中央地区や教育地区で活動してるイケメンの何でも屋よ。あいつらの写真を撮ってくるか、デートを取り付けてきなさい」
「……」
 私は内心ため息を付いた。前者はともかく、後者は金でも払わないとイケメンとデートできないという私を嘲笑いたいのだろう。もしくは当日私の代わりに八重子がデートできるように仕向けろと言う事か。
 面倒な事や「面白い」事は他人任せ。美味しいところだけばっちり頂く。美人ってのは本当に得なもんだな、と私は改めてため息を付いた。

 思えば、私の人生で得した事は何一つない気がする。

 今もこうしていじめやパシりの対象になっているし、過去には私に告白するのが罰ゲーム扱いになっていた。合コンに連れていかれた時は、引き立て役として散々な扱いを受けた事もある。
 八重子たちに目を付けられたことで、私の周りにいるのは一応形だけ憐れんでくれる女子だけ。たまに男が近づいてきたと思うと、妹を紹介しろという頼みか定番のドッキリネタだ。
 では家では違うのかと言われればそうではなく、親はそれとなく私と妹を比べるし、親戚に至ってはあからさまに妹を優遇する。酔っぱらった男たちが私を「どこかで拾ってきたんじゃないのか?」と笑って茶化したこともあった。
 結局のところ、どれだけ中身だとか言っても、美人はそれだけで許され、そうでない者は許されない。それがこの世界のルールなのだ。

 翌日。
 私は中央地区のシニアホームに来ていた。ここは母方の祖母が暮らしている。私を唯一褒めてくれる祖母が。
 昔から祖母は私たち姉妹を分け隔てなく愛し、優しい言葉をかけてくれた。あなただっていい子なのよ、が祖母の口癖であり、私の好きな言葉だった。
 そんな祖母の部屋を訪れると、シニアホームのスタッフと緑と白のジャンパーを着た黄色の髪の青年がいる。いったい誰だと思っていると、そのジャンパーの背中にある「仮面ライダー屋」の文字が飛び込んできた。この黄色の髪の青年が八重子の狙っている仮面ライダー屋のようだ。
 私はスマホを見るふりをしてこっそりと彼の写真を撮る。至近距離で撮れたから、さすがに八重子も文句は言えないだろう。難癖はつけてくるだろうが。
 と。
 黄色の髪の青年がこっちに気づいた。
「!」
 ヤバい。
 慌ててスマホを仕舞い、祖母に声をかける。何も知らない祖母はよく来たねェと笑顔で私を迎えてくれた。私もその笑顔につられてはにかみながらも微笑んだ。それを見て、シニアホームのスタッフは「それじゃ、ごゆっくり」と仮面ライダー屋の青年を連れて部屋の外に出て行ってくれた。
 そうしてしばらくは歓談を楽しむ。やれ紫苑くん(仮面ライダー屋の人の名前らしい)がちょくちょく外に連れて行ってくれるとか、今度一緒に鼻を見に行かないかとか、色々。私はそれらの言葉にうなずきつつ、自分の事を最小限ながらも話す。祖母に余計な心配をかけさせないよう、本当にごくごく少数の事を。それでも祖母はニコニコ笑い、私もつられて笑った。

 会話を楽しんで部屋の外に出ると、あの仮面ライダー屋の青年が立っていた。隠し撮りがバレたかと、心の中で身構えてしまう。
「さっき、ぼくの写真を撮ってましたよね?」
 バレてた。
 思わずスマホを出して「ごめんなさい。すぐに消します」と謝罪するが、青年は別にいいですよと微笑んだ。
「はぁ、ならいくら出せば」
「いや別にお金もいらないんですけど……」
 じゃあどうしろと言うのか。
 彼が何もいらないと言うので、逆にこっちが焦ってしまう。こういう時は大抵「さっさと消せ」「キモい」と言われるものだ。特に自分のような人間に撮られて嬉しい人間はいないだろう。
 すると青年は、胸に手を当てて目を閉じた。
「……心を感じます。誰かに脅されたか何かあって、ぼくの写真が欲しかった。そうですね?」
「……!」
 この時ほど心底驚いたことはない。何も言っていないのに、彼は私が写真を撮るよう強要されたのを見抜いたのだ。
「今回のような隠し撮りは本当は良くないけど……それであなたが怒られたりしなくなるなら、ぼくは咎めたりしません。でも……」
「でも?」
「今度はちゃんと言って撮って欲しいかなって。そうしたら、ぼくもちゃんと撮られますから」
 ……とんだお人好しだと思った。
 撮られた写真が何に使われるのかも聞かず、ただ今度はちゃんと言ってほしいとだけ注意する。こいつの脳みそは綿あめかと思ったが。

「あなたは優しいいい人だから、悪い事には使わない。信用できます」

 ……そう微笑まれて、涙が出そうになった。
 祖母以外の人物に「いい人」と言われたのは初めてだった。大抵は見た目だけを見て地味だとか陰キャとか言われ、舐めた態度を取られる。最悪、八重子のような人間に目を付けられ、石を投げつけられた。
 だが目の前の青年はそれらに一切触れず、ただ自分の中身を「いい人」と言った。それが何よりも嬉しかった。
 ハンカチを出されたが、私はそれを受け取らずにその場を走り去った。泣いてさらに醜くなった顔を見せたくない。そう思ったからだ。

「ふーん、まあブサ子にしてはやるわね。でも一人だけじゃん」
「他の奴らには断られたんじゃね?」
「てかこいつ一番なよなよしてる奴だろ? そいつしか撮れねーとかやっぱ使えねーな」
 翌日渡した写真を、八重子や取り巻きたちはそう酷評した。まあ一方的に罵られた挙句、暴力を振るわれなかっただけマシだと思う事にする。
 それに。
 私のスマホの中にはあの時撮った写真が入っている。そう考えると、少しだけ前向きになれる気がした。