サプライズプロジェクト

 それを見つけたのは、本当に偶然だった。

 定年退職間近の部長である私が見たもの。それは部下である社員たちが、集まってああでもないこうでもないと相談している姿だった。
「ちょっとあなた達、何してるの?」
 咎めるつもりはないが、たくさんの人が一塊になっていると通行人の邪魔になりかねないし、何より目立つ。だから声をかけたのだが。
「やばっ、部長だ!」
「どうする?」
「どうするってお前……」
 気づいた社員たちは互いに顔を見合わせ、困った顔をする。それは怒られるのを恐れていると言うより、何かを隠しているのをバレるのを恐れているような感じだった。
 私が勤めている会社、高塔エンタープライズは仕事時間に関しては結構おおらかだ。休みや休憩時間は取りたい時に取っていい事になっている(当然、その分仕事はきっちりやってもらう事が前提だが)。だから、彼らがこうして一斉に休憩時間を取る事に関しては何も言うつもりはない。私が声をかけたのは、ただ気になっただけだ。
 やがて、社員の一人が意を決したか「こうなったら部長も巻き込もうぜ」と周りに言う。
「え、大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。悪い事してるわけじゃないんだしさ」
 皆がそう言い合っているので注意しようかと思った時、代表格らしき社員が口を開いた。
「部長、今夜予定空けてくれませんか? みんなで相談したい事があるんです」

「高塔社長の誕生日サプライズ?」
 会社近くの小料理屋。
 そこの個室を一つ貸し切っての「相談事」に、私は目を丸くした。
 高塔エンタープライズは最近代表取締役……社長が絶空氏からその子供である戴天氏に変わった。実のところ社長の変更も結構ばたばたしていたらしく、就任式も簡易な物で終わってしまっている。社員たちとしては、もう少し盛大にお祝いしたかったと、一人の社員がそうこぼした。
 スマホを取り出して今日の日付を見る。確かに、現社長の誕生日はもうすぐだ。
「でも、私たちだけでサプライズとか、出来るものかしらね。社長の好みとかもよく知らないのに」
「そこでスペシャルアドバイザー……というか、今回の企画立案者の登場なんですよ」
 全員の視線が今回の企画立案者――高塔雨竜に集中した。全員からの注目を受けた雨竜は、少し顔を赤らめて頬をかく。
「社長の就任祝いもロクにできていなかったし、せめて誕生日ぐらいは皆さんでお祝いしようと思ったんです」
「なるほどねぇ……」
 社長秘書であり、弟でもある彼が考えたのなら、このサプライズも納得がいく。ちなみに自分らに声をかけたのは、最初私の部下たちが社長の誕生日をネタに雑談していたのを聞いて、それならと彼が言い出したらしい。
「さすがに兄さん……社長の予定とかを話すのはできませんが、雑誌などの取材で判明しているものぐらいならお話はできます」
 さすが社長秘書。若干17歳でありながら、流すべき情報の選択はきちんとできているらしい。全く、うちの課に欲しい人材だ。
 そんな事を考えていると、部下の一人がレポート用紙を取り出す。そこには新社長である高塔戴天のちょっとしたプロフィールや、当日注文するもの、どうやって当日お祝いするかなどの「企画書」があった。
 ざっと目を通す。
「……うん、気になる所がいくつかあるけど、大まかな流れは把握した。これをたたき台にして、細かいところを詰めればいいと思うよ」
 つい部長としての総評が出てしまった。だが部下は顔を見合わせてやった、と喜び合う。その中には、全く関係ないはずの雨竜も混じっている。
「それじゃ部長の許可も取れたし、更に詰めようぜ」
「ケーキは社長秘書の雨竜くんが取り寄せるとして、後は何を……」
「やっぱり……」
 ここが小料理屋だと言う事を忘れたか、彼らは額を寄せてあれやこれやと相談し始める。

 それを見て、ふいに昔を思い出した。

 失敗ばかりして始末書ばかり書いていた部下。思い返せば彼が一番見どころがあり、めきめきと成績を伸ばした。
 臆病だが気配りが出来る、優しい部下。朝早く出社して、細かな所を掃除していたのを私は知っている。
 口先上手で、何かと喋っていないと気が済まない部下。こういう時には一番に行動して、皆を安心させていた。
 逆に無口で黙々と書類作業ばかりしていた部下。彼女の字は綺麗で、取引先の人からも褒められていた。

 みんな、立派に育ったと思う。

「部長?」
 声をかけられたので、私はみんなを安心させるために笑った。

 それからというもの。
 皆は本来の業務に加え、「戴天社長サプライズプロジェクト」のためにせわしなく動いた。
 雨竜は社長の予定は横流しできない、と言っていたものの、注意深く観察していると、毎日どのようなペースで動いているか何となく解るもの。ただ当日は私たちだけでなく、他の者からも祝われるであろうことが予想できたので、サプライズが上手くいくかはまだ解らない状態だ。
「部長、これお願いします」
「資料用意できました!」
 部下たちがこぞって差し出す書類にハンコやサインを書き、時には取引先に顔を出して仕事を片付けたり。いつもと変わらない日常が目まぐるしく過ぎて行った。
 そして当日。
「「社長、お誕生日おめでとうございます!」」
 私たち全員からのケーキと花束を受け取り、戴天社長は驚きながらも喜んでくれた。
 サプライズ大成功だ。
 笑う社長を横目に、やったぜとガッツポーズをとる部下が見えた。私も、内心ガッツポーズを取ってしまった。

 サプライズから数か月後。とうとう定年退職の日がやって来た。
 次期部長も既に決まり、引継ぎも問題なく終わった。私は、長年働き続けたここを去る事になったのだ。
「「部長、今までお世話になりました!」」
 数か月前、サプライズを計画した部下たちが、揃って私に頭を下げる。一人から花束を受け取ると、思わず涙がこぼれてしまった。
 部長泣かないでくださいよ、と言われたものの、しばらくは涙が止まりそうになかった。それでも何とか涙をふき取り、皆に笑顔を見せる。心から「ありがとう」と告げると、今度は彼らが泣く番になった。

 明日から来る事はないであろうエントランスには、戴天社長がいた。思わず近寄ると、社長は穏やかに微笑んだ。
「定年退職おめでとうございます。今まで高塔のため、ありがとうございました」
「社長!」
 社長にそう言われ、また涙が溢れそうになる。瞬きで何とか誤魔化すが、社長は見抜いていたらしい。ハンカチを差し出そうとしてきた。当然、それは断って自分のハンカチで涙を拭く。
「わざわざありがとうございます」
「いえ、先代の頃から粉骨砕身の心で働いていた貴女を労うべきだと思いましてね。それにこの間の件もありましたから」
「この間……」
 サプライズの件も含めてのお見送り。本当に社長は喜んでいたのだと思うと、私は誇らしくなった。私自身にではない、あのサプライズに協力した部下たちに、だ。
 さっきまでの部下たちの顔を思い出す。
 十年前はひよっこだった彼らは、今や高塔エンタープライズに相応しい立派な企業戦士だ。だから。
「社長、その労いは私だけでなく、あなたの弟さんと、私の元部下たちに言ってあげてください」
 元、とつけたのは、私はもう部長ではない、ただの一人の人間だからだ。そして何より、彼らは私の元から羽ばたいたのだから。
 そう言うと、社長はふふっと笑った。

 こうして私は、高塔エンタープライズを円満退職した。