ホテルレインボーの入り口はマスコミで埋め尽くされていた。
独自ルートでカオストーンの場所を知った高塔兄弟が降り立つと、そのマスコミは集団でさっと取り囲んでくる。
「高塔社長! 会談の内容は本当なんですか!?」
「吉阪議員に資金提供を止めると聞いたのですが!」
「何か一言お願いします!」
群がるマスコミに雨竜が前に立とうとするが、戴天は微笑んでマスコミに対して「この件に関しては、後日会見を開くことでお答えします」と答える。マスコミとしてはもっと突っ込んだ答えを求めていたのだろうが、こっちがお預けにしているのだから何も言えないだろう。
戴天と雨竜が中に入ると、受付が異常状態に困り果てていた。慌てたままの受付に声をかけ、先日教わった吉阪親子が泊まる部屋のキーを借りる。慌てたままの受付はそれでもキーを渡すのを躊躇したが、騒ぎを納めるために親子を連れてくると「説得」すると、マスターキーを手渡してくれた。
エレベーターで行こうと思った瞬間。
「戴天さん、雨竜くん!」
同じくカオストーンの情報を手に入れたのであろう凜花が、才悟を連れて走って来た。彼女が走って来た方向からするに、裏口か駐車場から入って来たのだろう。こちらとしても戦力が増えるのは助かるので、咎めはしなかった。
「カオスイズムが接触してきたのでしょうか?」
「おそらく。ですが手を結ぶと言うより、資金とコネだけを狙ってきたのでしょう。逮捕されたりしたら、それら全部が使えなくなりますからね」
「なるほど……」
エレベーター内での会話はそれだけだった。後は全員無言で目的の階に着くまで待つ。
やがて、ちーんという軽い音と共にエレベーターは目的の階に着く。ドアが開いた瞬間全員飛び出した。
「吉阪親子の部屋は1201です。スイートルームを取ったと自慢していたので」
「解った」
部屋番号を聞いた才悟は戴天からキーを半ば奪い取る勢いで借りると、一番にたどり着く。
鍵を開けて中に入ると、既にカオスワールドへの扉が2つ開かれていた。親子がそれぞれカオストーンを取って、カオスワールドへの扉を開いたのだろう。
「どっちがどっちだ?」
才悟が聞くが、全員首をかしげる。手がかりになりそうな物は何もない。仕方がないので、カンで高塔兄弟は右に、凜花たちは左に入る事にした。
左のカオスワールドに入ると、影の男たちが跪いて並んでおり、その中心には影の女たちを大量に侍らせて玉座に座る男――吉阪幸太郎がいた。
「吉阪先輩」
凜花が声をかけると、うざったいと言った顔でこっちを見る。その視線は、先日と同じく人を小馬鹿にしたそれだ。
「何だ中卒。お前もこの中に入るか?」
にやにやと笑う幸太郎。その間に変身した才悟が割って入るが、彼はそっちに目を向ける事もなかった。ただ右手で輝く石……カオストーンをころころと転がしている。
「それともお前が欲しいのは、この輝く宝石か?」
「……そうね」
下手に隠してもバレる事なので、素直に答える。当然だが幸太郎はへらりと笑い、「だったら僕の物になれ。そうすれば考えてやる」と返してきた。当然そんなのはお断りなのだが、それを言う前に先に才悟が口を開いた。
「皇凜花は物じゃない。キミは何故そう言うんだ」
才悟のいつもの何故何故モード。ライダー状態であっても、気になるものはやはり気になるようだ。
聞かれた方はその質問が来るとは思っていなかったらしく「何?」と眉を顰める。
「お前は解らないのか? こうやって全て自分の物にする快感が! 僕のような選ばれた者だけが許される特権というやつが!」
「解らない。そもそもオレの質問に答えていない。人間は人間だ。物ではない。だが何故キミは皇凜花に物になれと言うんだ?」
「ぐっ……!」
才悟の疑問と正論に言葉を詰まらせる幸太郎。彼にとって人間を飾り立てるモノはただのプロフィールでしかなく、人間は人間でしかない。その威光を感じるには、才悟は「幼過ぎた」のだ。
逆に幸太郎にとって自身を飾り立てるモノこそが全てであり、全ての人間は自分の背後からの「輝き」にひれ伏すものだと固く信じていた。凜花のように歯向かう者がいるとしても、最後には自分にひれ伏し、頭を垂れる。そのはずだったのだ。
「……けるなよ……」
「?」
「ふざけるなよ! 僕の言う事を聞かないお前らには、罰を下してやる!」
ずらりと並んでいた男たちの影がガオナへと変わっていく。当然だがガオナ程度で苦戦する才悟ではなく、顔色一つ変えずに倒していった。
当然それを良く思わない幸太郎。駄々をこねるようにじたばたしながら騒ぎ立てる。その顔にかかったもや……カオスはどんどん広がっていた。このままでは、カオスが完成してガオナになり果てる事だろう。
「吉阪先輩」
凜花がすっと前に出る。
「魅上くんはただ、あなたの言葉に疑問を感じているだけです。何故人間を物のように扱うのか、それを当然のように私に強要するのかと、彼は疑問を感じているんです」
「それは僕が選ばれた人間だからだ!」
凜花の言葉に、当然のように自分が選ばれているからと主張する幸太郎。もちろん、才悟はそれで全て納得するわけがない。
「選ばれた人間は何をしてもいいのか? 人をいじめるような悪も許されるのか? そんな事はないはずだ」
「う、う、うるさい! 僕は選ばれた人間だ! お前のようなチンケな人間とは格が違う! パパに言いつければ、お前なんて捕まえることだって可能なんだぞ!」
「オレは悪い事をしていない。捕まるのは不自然だ。逆にキミたち親子が悪い事をしたのだから、捕まるのではないか?」
「う、うる、うるさい……」
才悟に淡々と詰め寄られ、どんどんと覇気を失っていく幸太郎。このまま絶望に落ちるかと思いきや、カオスのもやは消えることも濃くなることもない。失望でも絶望でもない、ただの疑問が、彼の心を満たしていっているのだ。
そして。
「僕は……僕は、選ばれたんじゃないのか……? 偉いんじゃないのか……?」
「それは解らない。ただ、皇凜花の話を聞く限り、キミ自身は彼女と何も変わりはしないと、オレは思った」
「……!」
沈黙。
それは彼自身を支えていたモノが崩れた瞬間であり、才悟の言葉を否定できないと言う意思の表れだった。
影の女たちは薄れていき、玉座も粉々になる。カオスワールドが、徐々に崩れているのだ。
「吉阪先輩、ここから出ますよ!」
凜花が呆然自失状態の幸太郎の腕をつかんで走り出す。完全にカオスから解放されたと言うわけではないが、いったん外に出てしまえば後は何とかなると踏んだのだ。抵抗しようとするガオナを才悟が蹴散らしてくれたおかげで、3人は問題なく外に出れた。
全員が出た瞬間、ばたんと扉が閉まる。すっと消えていくので、どうやらこれで問題は解決したと思っていいのだろう。
幸太郎は相変わらず呆然自失のまま、手に持っていたカオストーンをこっちに投げてよこした。これでいいのだろうかと、凜花と才悟は顔を見合わせた。
ぶぅん、と音が鳴り、まだ開いたままのカオスワールドへの扉から高塔兄弟と吉阪幸一郎が出てきた。こちらも3人が出てきたのと同時に扉が閉まり、すっと消えていく。
「戴天さん! 雨竜くん!」
「そちらも無事に終わりましたか」
「ああ」
彼らの方で何があったかは解らないが、吉阪幸一郎も素直にカオストーンを戴天に渡す。
これで終わったのだ。
「では、チェックアウトを済ませて外に出ましょうか」
「な、何!? 話が違うぞ高塔戴天!」
「心外千万。私は身の安全は保障しますとは言いましたが、それ以外の事は言ったつもりはありませんよ。あなたの思い込みでしょう」
「おのれ……!」
幸一郎が罵声を浴びせるが、戴天は涼しい顔だ。男の罵声はまだ続きそうなので、あきれ顔の雨竜に頭を下げて、凜花と才悟は部屋を出る。
フロントはまだ騒がしい。スタッフに感づかれないように、二人は駐車場に移動してホテルを出た。
ホテルが見えなくなったころ、才悟が抱き着く凜花に声をかける。
「……心配じゃないのか?」
「え?」
「吉阪幸太郎の事だ」
「ああ……」
呆然自失状態のままだった彼を思い出す。あの部屋に置いてけぼりにしてしまったが、悪い事にはならないだろう。何故かそう思えた。
「大丈夫よ。多分だけど」
だから素直にその通りに話す。才悟の方は少し困惑していたようだったが、凜花を信じたのか何も言う事無くバイクを走らせた。