吉阪幸一郎と幸太郎は追いつめられていた。
「電話が、電話が止まらんだと!? 何とかやり過ごせ!」
「な、何で、昔の事がこうもたくさん……」
リアルとネット、両方で唐突に流れ始めたスキャンダルの数々。ネットではSNSで匿名アカウントが吉阪幸太郎が売春まがいの事をしていたと流され、リアルではスクープとして「大物政治家の闇。愛人との爛れた生活の数々」と若い女を囲っている事がバラされていた。しかも幸一郎は高塔戴天との会食のやり取りもスクープとして上げられており、あの時の暴言も一言一句上げられている。
幸太郎の取り巻きである麗奈とこずえの方も騒動に巻き込まれているようで、それらから逃げるために「もうやってらんない」「縁を切る」と言い残してラインをブロックされてしまった。とは言っても、彼女たちも色んな男たちとのトラブルやいじめがバレた状態なので、逃げ切れるとは到底思えないが。
協力を要請した会社社長なども片っ端から手を引くと言いだしてきている。このままでは、役職どころか次の選挙も危うい。
「こ、こんなところでわしの野望が終わるなど……!」
「どどどどうするのパパ! このままじゃ……」
「解っとる!」
自分の後継者たるべき息子はおどおどするだけで、何の役にも立たない。舌打ちしながら窓の外を見る。ホテルの外は既にマスコミが群がっており、自分たちが来るのを今か今かと待っているようだった。
秘書に知恵を借りようと思ったのだが、隣の部屋を何度ノックしても応答がない。受付に聞いてみると、先にチェックアウトしたと言う。逃げたのだ。
どうする。金を払ったら裏口から逃げだすか。それか全部「身に覚えがない」でごり押しして逃げ切るか。考えていたら、こんこんとノックの音が鳴った。
こんな時にモーニングサービスかとブツブツ呟きながらドアを開けると、明らかにホテルスタッフではない男が、二つの石を持って立っていた。
魅上才悟は困惑していた。
(何故、オレはあんなことをしたんだろう)
――お前に凜花の何が解る……!
あの時、才悟は何よりも目の前の男が許せなかった。
凜花を過去に苦しめていたのもそうだが、彼女の事を何も知らずに侮り、嘲った。その事が才悟の神経を一番逆撫でした。
過去の凜花の事はよく知らないが、助けてもらって以降の凜花の事はよく知っている。彼女はよく働き、何度も自分たちを助けてくれた。フィジカル面でもそうだが、メンタル面でもそうだ。
当然だがあの男……幸太郎はその事を知らない。だから駆の言うように、凜花が男をたくさん引き連れていると思われても仕方がないのかも知れない。それでも、才悟はあの言葉を許せなかった。カオスイズムと同じような怒りを、あの男に感じてしまった。
そして凜花。
あの言葉の数々に一番傷ついているのは彼女のはずだ。それなのに、彼女は笑って自分に感謝してくれた。その笑顔に、才悟は胸が苦しくなった。
(胸が、苦しい)
凜花の笑顔は好きだ。いつも見て心が暖かくなる。でもあの時は、胸が締め付けられるような苦しさがあった。無理をさせたような気がして、自分で自分を責めたくなった。
「……好き」
口に出して言ってみる。すると胸がさらに苦しくなった。
凜花の笑顔が好き。凜花の優しさが好き。そんな当たり前のことなのに、口に出すと何でこんなに苦しくなるのだろうか。まるでそれが呪いか何かのような……。
「おーい、飯だぞ~」
何も知らない伊織陽真が才悟を呼ぶ。気づけば時計の針は12時を指している。昼飯の時間だ。
いつものように席につき、手を合わせるが、食べる気力が何故か湧いてこない。お腹は空いているはずなのにだ。
「才悟?」
病気を疑ったのか、不安そうな顔で陽真が才悟の顔を覗き込む。才悟は箸をおいて「食べる気が起きない」と素直に言った。
「風邪か?」
「解らない。多分熱はないと思う」
「薬飲んで寝るか?」
「それほどでもないと思う」
うーん、と頭をがりがりかく陽真。正直自分も今の状況がよく解らないのだ。陽真はなおさらだろう。
と。
何かを思いついたのか、陽真の手がぴたりと止まる。そしてこっちの顔を覗き込みながら、「今もしかして胸が苦しいとか?」と聞いてきた。まさにその通りなのでこくりと頷く。
「思い当たるふしはあるか?」
「……ある」
さっきから凜花の事を思うだけで胸が苦しくなる。いつもはこんな事はないのに、さっきからずっとこんな調子なのだ。
それを聞いた陽真は一人納得したように「あー、あー」と頷く。
「才悟、それ病気でも何でもない。おれが言うのも何だけど」
「?」
「それはな……」
皇凜花は外に出ていた。
本当なら仮面カフェにいるべきなのだが、事情を知っているはずの神威為士が「インスピレーションを得るために協力しろ」と誘ってきたのだ。
「あの、私今外に出るのは」
「知っている。だがここで閉じこもっていても何ともならん。それに、今回行く場所はお前の協力がいる場所だ」
「は?」
そう言って為士が出してきたチラシは、「耐えきれるか! 激辛スイーツ!」という見出しが躍っていた。どうやらこの激辛スイーツを食べてみたいのだが、挑戦する場合一名以上付き添い必須なのが条件らしい。
「阿形氏はバイトだし、場所が場所だ。行くのを嫌がるだろう」
「確かに……」
普通の料理店ならともかく、今回行くのは女子たちも多いであろうスイーツ店だ。為士の性格上、荒鬼狂介には頼まないだろうし(狂介も多分、為士関係なくても行きたがらないだろう)、そうなると必然的に自分が選ばれるのは仕方がない。
「誰かが見ているならちょうどいい。俺の美しさを存分に見せつけられるからな」
「……はぁ」
そうだった、為士はこういう性格だった、と凜花はこっそりため息を付く。さすがは名前の通りのナルシスト。むしろ見られる事を望んでいると言う事か。だが、相手が見るとしたら為士ではなく自分の方な気もするが。そんな事を考えていたら、為士が「そもそもだ」と話を続けた。
「議員の息子か何だか知らんが、俺に言わせれば親のすねかじりだ。自分に自信がない証拠でしかない」
「……」
為士の言葉にはっとする。家が金持ち、親が偉い、いい学校に行った。それらは所詮他人からの恩恵を受けているだけでしかないし、学業に至っては一生それだけで生きていけるものではない。与えられたものを享受するのはいいが、それを自分の物だと勘違いするのは、自分に自信がない証拠とも言える。
かつて為士は言っていた。自信や才能のあるなしなど、全く関係はない。ましてや他人からの評価などに捉われている暇はない、と。為士にとって、幸太郎は他人の評価だけで生きているような人間にしか見えないのかも知れない。
自分は、どうだろうか。
エージェントと言う立場は、今は納得して享受しているものの、他者から与えられたものに過ぎない。だがライダーたちと紡いできた絆は自身の力で勝ち得たものだ。少なくとも、一生ものの宝だと思っている。
そして、才悟との事も……。
「凜花、どうした? 俺の美しさに見惚れたか?」
色々考えこんでいる彼女が気になったか、為士が余計な一言を付けて声をかけてきた。
「ちょっと考え事をしていただけよ。早く行きましょうか」
件の激辛スイーツは、為士に言わせれば「甘い」ようだった。とはいえそれは激辛好きの為士だからこその感想であり、同じスイーツを頼んでいた人々は辛い辛いと騒いでいた。
「やはりスイーツと辛味は上手くなじまないものなのだろうか……」
ふむ、と首をかしげる為士。インスピレーションも得られなかったのか、少し残念そうだ。
そんな為士に送ってもらい、仮面カフェに帰ると、レオンが慌てた様子で凜花を迎えた。
「レオン、どうしたの?」
「どうしたもこうしたも! カオストーンの反応が出たんですよ! ホテルレインボーの中に! 2つも!」