「いらっしゃいませ。ようこそ、ウィズダムへ」
幸太郎が凜花たちの前に姿を現した夜。その幸太郎は取り巻きを連れてウィズダムへと来ていた。宗雲の見目麗しさに、幸太郎の後ろにいる麗奈ともう一人の女子――天木こずえがきゃあきゃあと騒ぐ。
「ここのラウンジは最高級のもてなしをしてくれると聞いた。その通りか確かめさせてもらうよ」
「ええ。お客様に満足できるように、我々従業員一同、最高級のおもてなしをさせていただきます」
後ろの二人を止める事なく、幸太郎は傲岸不遜な態度で宗雲に言うが、その宗雲はいつもの営業スマイルを崩さない。彼のような舐めた態度の相手も華麗に務まらなければ、高級ラウンジの支配人を名乗れない。
(まあ親より先に息子が来たのは驚きではあるがな)
内心呟く宗雲。別に常に親子一緒に行動するとは限らないのだが、子は子で親のイメージダウンにならないように動くのが普通ではないだろうか。まあそんな事を言っても仕方がないのだが。
さて、幸太郎たちは颯が席まで案内することになった。明るく話しやすい颯のペースに、既に女二人はその気にさせられている。席に着くと幸太郎はメニューを見ずに「この店で一番旨い料理と飲み物を」と言ったので、颯がすぐにオーダーを通す。しばらくして、皇紀お手製の料理と浄が作ったノンアルコールカクテルがテーブルに並んだ。
「美味しいでしょ?」
颯の言葉に麗奈とこずえはきゃっきゃと頷き、幸太郎は「悪くないな」と漏らす。
「喜んでもらえて良かった~。今日のお勧めだって皇紀さんが言っててね……」
にこにこ笑いながら語る颯のペースに、三人はすっかり乗って来たようだ。わいわいと今日あったことを話し出す。
「虹顔市ってイケメン多いですよね~。ゲーセン寄ったらめっちゃダウナーな感じのイケメンが、格ゲーで対戦相手ばったばったとなぎ倒してましたよ! んでそのダウナーイケメンを迎えに来たっぽい人もやっぱりイケメンなんです!」
こずえが興奮のまま娯楽地区の話をしてきた。どうやらルーイ達スラムデイズに会ったらしい。ルーイらしいなと颯が思っていると、幸太郎を挟んで麗奈がその話に乗ってくる。
「イケメンと言えば、あの麻薙もイケメン連れてたんだよ~? ちょっとぼんやりした感じがミステリアスって感じでさぁ」
「マジ? あの麻薙が?」
女は噂と男の話が好き。だが麗奈とこずえの反応ぶりは、お世辞にもいい反応とは思えなかった。ボスであるはずの幸太郎も止めることなく、にやにやと嫌な笑みを浮かべているだけだ。さすがの颯も話を止めようと、話に割り込む。
「イケメンイケメンって言うけどさ~、僕はイケメンじゃないの?」
わざとらしく口をすぼめてぶーぶーと言うと、女二人は顔を見合わせてから慌てて口を合わせて褒める。
「やだ、颯くんだってイケメンだってばぁ!」
「というかウィズダムの従業員は全員超イケメンだよ! 宗雲さんなんて王子様みたいだし!」
麗奈の言葉に、そうそうと頷くこずえ。そのままウィズダムを褒めちぎる二人を見て、話を変えることに成功した、と颯は内心ほっとした。幸太郎は、とそっちの方に視線を向けると、彼は「確かに料理も飲み物も超一流だ」と素直に褒める。
その接客を横目で見ながら、宗雲はカクテルを作る浄に「問題はなさそうだな」と小声で話を振る。浄も彼らの方を見つつ頷いた。
「吉阪幸一郎の息子が、まさか凜花と接点があるとはね。先に来たのは、元獲物が豪華になったのを確かめに来た……と言ったところかな」
「おそらくな」
諜報機関であるウィズダム。当然吉阪幸一郎だけでなくその家族についても調べ上げている。その息子である吉阪幸太郎は、凜花と高校が同じだった。だった、というのは、凜花が諸々の理由で「自主退学」を選んだためだ。
当然、彼女を「気に入った」という理由だけで付け回した挙句、いじめをしていた事も調べがついている。玩具だった虫けらが、日本有数の財閥令嬢というSランク松坂牛に変化したのだ。そんな彼女を実際に見てみたくなるのも解らなくもない。
そして実際に彼女――麻薙凜花は、皇凜花と言う最高級の獲物となった。となると、次の行動は。
「ま、息子については深く考えなくてもいいんじゃないかな」
浄がいつもの笑みを浮かべながら、次のカクテルを作り上げる。
「凜花には強力なボディガードがついてる。議員の息子だろうと、そう簡単に手は出せないさ」
「……そうだな」
強力なボディガード……ジャスティスライドとマッドガイ。
彼らは凜花に直に助けられた恩もあってか、その絆は深く強い。特に阿形松之助や深水紫苑は邪な企みを見抜くのに長けているし、実際に手を出せば蒲生慈玄や荒鬼狂介などが黙っていないだろう。
そして何より、彼女の傍には常に魅上才悟がいる。彼は特に凜花を慕っており、その強い想いは傍から見てもよく解るぐらいだ。
――だからさぁ、絶対に、ぜぇぇったいに、何かあったよあの二人!
ふと、宗雲は先日の颯の言葉を思い出した。
確かに、ジャスティスライドとスラムデイズの騒動のさなか、あの二人には何かあったかのような空気があった。どうも才悟が新たな力を手に入れたらしいが、それについては誰一人として何も言わない。口の堅さもあるが、あの二人の進展具合が全く見えないのだ。
両片思いというやつか、お互い想い合っているのにも関わらず、どちらも一歩も踏み出そうとしない。颯のような人間にはそれが「じれったい」と感じるのも無理はない。
好きという感情がいまいち解らない男と、それらを封じて自分たちと接する女。
もしその二人に何かあるとするなら……。
「宗雲」
厨房から出てきた皇紀の声で、宗雲は思考を現実に戻す。今は仕事の時間。そろそろあの三人が自分を指名してくるだろうし、余計な事を考えている暇などない。
お代わりであろう料理を持って行こうとすると、皇紀がぼそりと「臭ぇ奴らだ」と言う。
「……どういう意味だ?」
「ロクでもねぇ事を考えてやがる。そんな臭いがぷんぷんする」
「……」
先ほど浄とも話した事だが、何も知らないがゆえにとんでもない事をやるつもりなのか、それとももっと厄介な物を抱えているのか。
そもそも今ここに来ているのは吉阪幸太郎で、本命である吉阪幸一郎はいまだに情報がつかめていない。まだまだ油断はできない状況なのだ。
宗雲はため息を付いた。
「……はあ、そうなんですか」
『そう言う事。だからしばらく俺達ウィズダムシンクスは、君と一緒に行動できない』
「解りました。ありがとうございます」
午前0時近く。浄からの電話についつい頭を下げてしまう凜花。
彼が言うには、既に自分は目を付けられているらしい。だから目立つ自分たちは接触を控えるとの事だった。ならばこちらからも接触しない方がいいだろう。
『目を付けられている以上、目立つ行動は控えた方がいいね。カオストーン探しとか』
「うーん……」
浄の言葉に少し困った顔になってしまう。最近カオストーンらしき情報がたくさん出ているので、明日も行こうと思っていたのだ。まあ場所が場所なら他のクラスが行ってくれると思うが。
「まあカオストーン探しはこっちで考えます。ありがとうございました」
『気を遣わせて済まないね。おやすみ』
電話が切られる。これはしばらく仮面カフェから出られないな、と思いつつ、凜花は寝る準備を始めた。