宗雲や戴天がいずれ来る政治家に警戒している中、凜花は才悟を連れて娯楽地区にカオストーン探しに出ていた。
「キミといると、色んな人から情報が聞けて助かる」
「ふふっ、ありがとう」
今だ口下手でコミュニケーションが苦手な才悟。そんな彼に代わって聞き込みをしていたら、彼に褒められた。それが嬉しくなって……すぐに抑える。
自分と才悟の関係はあくまでエージェントとライダーであり、それ以上でも以下でもない。永遠の契約を結んだのなら、なおのことだ。
なのに、この間の仮面の宴での才悟の優しい眼差しと言葉が頭にこびりついて離れない。才悟は笑みを浮かべて「キミとなら」と言った。それに何の意味があるのだろうか。
解らない。ただ一つ解るのは、自分は隣にいる男から目が離せないと言う事。おそらく、出会った時から、ずっと。
「皇凜花?」
立ち止まっているのが気になったのか、才悟が凜花の名前を呼ぶ。気づけば数歩ぐらい離れていたので、慌てて彼の後を追った。
皇凜花という名前も、もう慣れたなとぼんやりと思う。レオンに連れられて虹顔市に来るまでは、父方の名字を知らなかった。というより、父の事をほとんど知らなかった。たまにやって来ては、自分と母の事を聞いては優しく笑う男の人。それが父の印象だった。
母は笑って「一つの事にのめりこみやすく、ちょっと抜けてる人」と評した。何かに熱中している時はとんでもないスピードで様々な事をこなして見せるのだが、その分片づけがおざなりになっていたり、寝るのを忘れたりしていたと言っていた。だからこそ惹かれたのだ、とも付け加えて。
そんな事を思い出していると、歩くスピードが落ちていたらしい。気づけば才悟との距離はまた同じぐらい離れていた。
(いけない、いけない)
また考え事に没頭するところだった。やる事はたくさんあるのだから、まずは目の前のことから集中すべし。そう思って一歩踏み出そうとすると。
「あれー? 麻薙じゃん」
「!」
あまり思い出したくない声が後ろからかかった。しかも、昔の――母方の名字で呼ぶこの声は。
「……風祭、さん」
「憶えててくれてたん? ま、あたしとあんたの仲だしね~」
後半部分を厭味ったらしく言う女――風祭麗奈は馴れ馴れしく肩を組んでくる。彼女はいつもこうだ。こうして周りに仲良しアピールをする裏で、脅しやら殴る蹴るやらで金や男を奪おうとするのだ。当時の凜花もこの手で散々昼飯をタカられた。
「こんなとこで会えるなんてマジラッキーだわ~。あたし、ちょーっとカラオケでもしてストレス発散したいからさ~、金出してくんない?」
「どうして風祭さんにお金を出さないといけないの?」
「は? 何? あんたあたしに楯突くの? 一緒にカラオケしようぜって誘ってんのに?」
嘘つけ、と凜花は心の中で毒づく。そうやって馴れ馴れしく絡んでくるものの、実際には自分だけが楽しむ分をタカっているのだ。過去に一度この手で金だけ巻き上げられたことがあるので、黙ってすり抜ける。
さっさとどこかに行ってもらおうと足を踏み出すが、当然麗奈は「金寄越せ!」としつこく追いかけてくる。しつこいなと思ったその時。
「皇凜花」
才悟の元にたどり着いた。こっちは一人じゃないと思わせるために隣に立つが、麗奈本人は才悟に目が釘付けになっていた。嫌な予感がしつつも、凜花は麗奈に声をかける。
「風祭さん、私この人と用があるから」
「ヤダ、ウソ、マジイケメンじゃーん! やっぱり一緒にカラオケ行こー! ほらほらほらぁ!」
もう麗奈には凜花の声は聞こえていないらしく、才悟の腕を組んでカラオケに引っ張っていこうとする。
その時、凜花の胸がチクリと痛んだ。
恐らく才悟は何も知らない。異性に腕を組まれると言う意味、異性と一緒に別の所に連れていかれると言う意味を。実際才悟は困った顔をして「キミとどこかに行く理由はないが」と麗奈の腕を払って、凜花の元に戻る。当たり前だ。才悟にとって凜花と一緒に調査をすることの方が何よりも大事だろうから。
さて振り払われた麗奈はと言うと、「恥ずかしがらなくてもいいのにぃ」と猫なで声で才悟に再びくっつこうとするが、才悟はそれをさっとかわす。二度のアタックをかわされた麗奈は、さすがに怒って「もういいわよ!」とその場を去って行った。
後に残されるのは凜花と才悟のみ。
「ちょ、調査、再開しましょうか」
「……ああ」
才悟の目が何かを訴えているが、あえてそれを無視する。今は調査中だし、麗奈との事は話したくない思い出ばかりだ。とはいえ、話さないと心配するだろうから、仮面カフェに戻ったら話そうと心の中で決めた。
聞き込みや依頼を繰り返す事しばし。何とかカオストーンを見つける事が出来た。
「何の問題もなく拾えて良かったわね」
「ああ」
誰のかは後で調べるとして、とりあえず手に入れた事にほっとする。時間を見てもまだ余裕があるので、才悟を仮面カフェに誘った。
「いいのか?」
「ええ。話したい事もあるし」
さすがに麗奈の事は話さないといけないだろう。あまり思い出したくないし、彼にだけ話すべきなのかは解らないが、話しておかないと彼が何故何故言ってくるのが目に見えるからだ。そう思って仮面カフェのドアを開けると。
「うっわ、麻薙マジで来たじゃん」
「だろう? 今は彼女がここのオーナーだからね」
さっき振り払ったはずの麗奈がいた。しかも彼女の「ボス」である男も優雅に飲み物を飲んで嗤っている。
「風祭さん、……吉阪先輩」
思わず名前を呼んでしまう凜花。その声で男――吉阪幸太郎がにまりと嫌な笑みを浮かべた。その嫌な笑みは、過去のそれと全く変わっていない。
「久しぶりだね麻薙さん。……いや皇さんと言った方がいいのかな?」
「……どちらでも」
「つれないね。それとも、隣に男がいるからか?」
幸太郎の目が凜花の隣にいる才悟に移る。おそらく麗奈が話したのだろう。在学時から麗奈は幸太郎におべっかを使ったり諜報係などをして、その恩恵を受けていたからだ。
しかし、在学時から時間も経っているのだから、異性と一緒に歩いてもおかしくない。だが彼らにとってそれは許しがたい事のはずだ。何故なら、自分は過去に幸太郎の「お誘い」と言う名の命令を断っているのだから。
目を向けられた才悟の方は首をかしげている。おそらく「麻薙」という苗字に聞き覚えがないからだろう。そんな才悟に、幸太郎は芝居がかった口調で「ああ、君は知らなかったんだねぇ」と手を叩いた。
「麻薙はそこの皇凜花の旧姓だよ。昔はその名前で私立〇〇学校に通ってたのさ」
「そうか」
レベルの高い有名私立校なのだが、才悟は知らないので、淡々と答える。その態度に幸太郎は少しいらついたのか、「物分かりは悪そうだね」と吐き捨てた。当然、才悟はその皮肉が解らないので首をかしげる。その態度も彼をいらつかせたらしく、飲んでいた飲み物を一気に飲み干してがたりと立ち上がる。
「帰らせてもらうよ。次は余計な奴がいない時に話したいものだね」
「あ、待って!」
麗奈の方は才悟にコナをかけられなかったのが悔しいのか、名残惜しそうに彼の顔を見てから幸太郎の後を追う。幸太郎はやや乱暴気味に紅茶代を支払うと、これまた乱暴気味にドアベルを鳴らして出て行った。
後に残されるのは凜花と才悟のみ。そして。
「ご主人様」
様子見していたレオンが声をかけてきた。会話の中で何も言わなかった忠臣に、褒美の代わりにカオストーンを渡す。受け取ったレオンはすっと懐に仕舞うと、こっちの考えを見抜いてか「VIPルームなら今空いてますよ」と声をかけた。