その日、ミソラは次に出すアルバムセレクションのジャケット撮影に来ていた。
「いいよいいよミソラちゃん、もっと笑顔ちょうだい!」
カメラマンの要望通り、笑顔をたくさん向ける。営業用のスマイルではなく、カメラの先にいるであろうファンの皆に向けた笑顔だ。
カシャカシャとシャッター音があちこちから鳴り響く。これもまた音楽だな、とのんきに思いつつも、ミソラは笑顔を振りまいた。
そして数分後。ちょっと疲れてきたなと思ってきた瞬間。
「はーい、休憩入りまーす」
スタッフがタイミングよく休憩を入れてくれた。カメラマンたちも疲れていたのか、それぞれがはーっと緊張の糸が切れたようなため息を吐く。当然ながら、ミソラもふーっと一息ついた。
それにしても、写真撮影は結構疲れる。
同じポーズを延々と撮り続けるのだ。その分ずっと動くことを許されないので、緊張感と言うものが彼女の身体を駆けまわる。思いっきり体を動かしたいと言う気持ちと戦わなくてはならないのだ。実際、ミソラは休憩と言われた瞬間、思いっきり身体を動かしていた。
と。
カメラマンたちの間で少し何か騒ぎが起きている。気になって耳を澄ましてみると、「さっさと処理しようか」とか言っていた。何故か気になったので、ミソラは彼らの方に近づいた。
「何かあったんですか?」
「あ、ああ、ミソラちゃん。撮った写真の中に、なんか変なの入っててね」
「変なの?」
「人がいないのを確認したのに、変な所に人が写ってるんだよ。ほらここ」
そう言いながらカメラマンが指した先にいたのは、見覚えのある黒いシルエットだった。
「……!」
見覚えのあるシルエット――ブライの姿に、思わず言葉を飲み込むミソラ。何も知らないカメラマンは写真に驚いていると思ったのか、不気味だなとか言いながら写真を消していく。
どんどん消えていくブライが写った写真。それに気づいたミソラは、カメラマンの腕を握って「その写真一枚ください」と言った。
「え、こんな変な写真欲しいの? 何で?」
「あ、その、こういうのって話題になるかなって思って」
半ば滅茶苦茶な言い訳だが、カメラマンの方は納得してくれたらしい。まあいいけどとか言いつつも、ミソラのデバイスに写真を送ってくれた。送られてきた写真を自分のデバイスでじっくり見てみると、やはりブライの後ろ姿がそこにはあった。全身が見えるぐらいではあるが、何をしているかは解らない。
戦闘中なのかな、と思っていると、スタッフが撮影の再開を告げた。
たくさんのカメラに囲まれながらも、ポーズを変える際に視線だけ軽く動かしてブライ……ソロの姿を探す。当然だが、ミソラの視力では彼らしい人影はどこにも見当たらない。電波変換されてるならなおさらだ。
どうしようか。あとでハープに聞いてみようか。そんな事を考えてると、カメラマンから注意された。
(いけない、いけない)
心の中で自分の頬をぴしゃりと叩き、目の前のカメラや撮影スタッフたちに集中する。今すべきことはアルバムジャケット撮影であって、ブライを探す事ではないはずだ。
さて、しばらく撮影していると、スタッフが「OKでーす!」と終了の合図を出した。周りからさっきよりも大きな安堵のため息が広がっていく。ミソラもつられて大きく息を吐いた。とは言っても、ミソラは最後にたくさんの候補の中からジャケットに相応しい一枚を選ぶと言う仕事があるので、ぐったりしている場合ではなかった。座りたくなるのをこらえて、カメラマンたちの元に行く。
「あ、ミソラちゃん。候補はこれなんだけど、どれがいいかな?」
「うーん、どれもいいですけど……今回収録する曲的にはこれかなぁ」
「OK」
カメラマンはミソラが選んだ一枚を保存する。この後トリミングされ、更に映えたジャケット写真が出来上がるのだ。
今度こそ撮影の仕事が完全に終わったので、ミソラは大きく息を吐いた。
『お疲れ様、ミソラ』
デバイスの中のハープがねぎらいの言葉をかけてくる。そんなハープに笑顔を返し、ミソラはさっきもらった写真を出した。
空に浮かんでいる黒いシルエットを指さす。
「これ、ブライだよね?」
ミソラの問いにハープは『十中八九ね』と答える。電波体である彼女は、はっきりと認識できるようだ。
『今回のカメラは電波も読み取れるようなものだったから、電波人間のブライも見えちゃったんでしょう』
「あー、そう言えばデンパくんが写ってるのもあったよね。あれは可愛いから取り入れようとか言ってたけど」
カメラマンたちの会話を思い出す。今回はデンパくんだけ集まったから良かったものの、ウィルスが集まっていたら大変な騒ぎになっただろう。
そこまで考えて、ミソラの中に一つの考えが浮かぶ。
「……もしかして、ウィルスとか追い払ってくれてたのかな」
口に出して、ぷっと吹き出してしまう。あのソロが、自分のために露払い。絶対に有り得ないだろう。想像したのか、デバイス内のハープもくすくすと笑っている。
まあ、あくまで都合のいい想像だ。本人が何故あそこにいたのかは本人しか知りえない事である。でもミソラにとって、あそこにブライ……ソロがいたのが少し嬉しかった。
『元気そうね』
「うん」
いつでも会おうと思えば会えるスバルたちとは違い、ソロは一人どこかを流離う身。いつどこで会えるか解らないのだ。
それがこのような形であっても、会えたのは嬉しい。
「一枚だけど残しておいてもらえて良かった」
心の底から安堵の息をつくミソラ。
いつかブライの話題が出たら、元気にやっていると思うよと言おう。
みんなで遠い空にいるであろう、「友達」に思いを馳せよう。
きっと彼はその時くしゃみをするだろうけど。
そんな姿を想像して、ミソラはくすくすと笑った。