積み重ねていくもの

 とある町で、ソロと会った。

「久しぶりじゃん、元気?」
「……」
 相変わらずの不愛想かつノーリアクション。逆にそれが挨拶の一つでもあると解ってるミソラは、「お腹空いてない?」とソロに聞いた。
「貴様には関係ない」
「何も食べてないならちょっと食べようよ~。私、お腹空いちゃったから」
「話を聞け」
「聞いてる。私が食べるのを見てるだけでいいからさ」
 押せる時は押せ。数年で学んだ対ソロの交流術だ。
 アイドルが同年代の異性を連れて歩くのはスキャンダルになりかねないが、そこは周りの配慮で何とかやって来た。そもそも、いずれは誰かを選ぶとしても、異性だからという理由で友として付き合えないと言うのは嫌だ。
 さて、勢いでソロを引っ張っていったのは近くのチェーン店の喫茶店。最近ここで美味しそうな夏のミルクレープが出たので、食べたいとずっと思っていたのだ。
 席に着くとすぐにやって来た店員に夏のミルクレープとメロンソーダを頼む。ソロの方はアイスコーヒー一つだ。ミルクや砂糖を聞かれたら「全部いらない」と切り捨てた。
「相変わらずのブラック派だね。苦くないの?」
「別に」
 大人だなあと思う。その反面、甘いものと縁のなかった人生を送って来たんだなと思って、少し悲しくなる。
 そんな事を思っていると、ソロが懐からスターキャリアーを取り出す。ムーの紋様が刻まれた、彼専用のスターキャリアー。
 技術の進歩は早い。特に電波デバイスの技術進歩は早く、今ではスターキャリアーは一部のデバイスマニアの中でしか持っていない物だ。
「最新のデバイスは持ってないの?」
「ある。面倒だから出さないだけだ」
「ふーん」
 どれだけ最新の技術が詰まっているとしても、手慣れたデバイスが一番という事か。ミソラは自分のデバイスに手を触れた。トランザーでもスターキャリアーでもハンターVGでもないデバイス。
 もう、数年経つのだ。
 アンドロメダも、ムー大陸も、ディーラーも、それ以外の事件も、もう過去の話。今はこうして平和なのだと、デバイスが語っているような気がする。
「あれからもう何年も経つんだね」
 そうぽつりと呟くと、タイミングよく(悪く?)店員が注文した物を運んできた。

 ミルクレープを半分食べてから、この夏限定メニューも確か数年前からいつもやっているものだと思い出す。
 たまたま今年目に入っただけで、これもまた何年も続くメニューなのだ。
「時が経つのって早いなぁ」
 また呟くと、今度はソロがピクリと反応した。
「もう過去を懐かしむ歳にでもなったつもりか」
「そんなわけないじゃん。でも、なんだかんだ言ってソロとも長い付き合いだね」
 出会いこそ最悪だし、打算的な協力をしたこともあったけど、今となっては懐かしい思い出とも言える。彼はキズナを嫌ってはいるけれど、無理やり引っ張れば付き合ってくれるところもあるのだと最近知った。
「付き合った覚えはない」
 ソロがそう突っぱねる。その態度がまた昔を思い出させたので、ミソラはついくすくすと笑ってしまった。
「何だその笑いは」
「いや、エンプティ―のとこにいた時も似たような事言ってたなあって思い出しちゃったの。『慣れ合う気はない』とかさ」
「当たり前だ」
「でもその時エンプティ―が『それでも協力しろ』の一点張りで、何言ってんだこいつって顔になっちゃったんだよね。何か頭抱えてる感もあったしさ」
「あれは奴が馬鹿馬鹿しい事を言ったからだろう。何が協力だ」
「あ、ソロも似たような事思ってたって事? 解る~」
「何が解るだ」
 口に出せばどんどん引っ張り出されていく思い出の数々。楽しい思い出だけではないけれど、それら一つ一つもミソラにとっては大事なものだ。
(ソロは、どうなのかな)
 悲惨な過去だったとしても、今は少しはマシだと思ってくれているだろうか。
 メロンソーダはもう半分以下になっている。ソロのアイスコーヒーはもう飲み終わっていた。
「貴様にとって、もう懐かしい記憶か」
 ソロがぼそりと言う。彼からの言葉は珍しいなと思いつつ、素直に頷く。
「嫌な記憶もあるけど、振り返ると全部懐かしいと思えるくらいにはなったよ」
「気楽な奴め」
「そう思うよ」
 全てが全て、いい思い出とは思っていない。親を亡くした事もそうだが、芸能界で嫌がらせを受けた事もある。物理的に苦しんだもある。だが、それら以上にいい思い出が積み重なったと思っている。だから、懐かしいと思えるのだ。
 そんな事を正直に話すと、ソロがまた鼻を鳴らした。
「その積み重ねとやらに、俺も混じっていると言うわけか」
「そうそう、解ってるじゃん」
「ちっ……」
 頭を抱えるソロ。本気で嫌がったかなと一瞬思ったが、その表情に変化はない。相変わらずわけが解らないとか思っているのだろう。
 それでもいいと思う。最初から切り捨てられるより、理解できないと言う箱の中に入れられるなら、いつかは解る時が来るかもしれないから。
「あ、そう言えば」
「何だ」
「また思い出しちゃった。エンプティ―のとこにいた時の事! あの時、バミューダラビリンスを探してこいとか無茶ぶりして来たの、覚えてない?」
「……よく覚えてるな」
 自分もそう思う。だけど、数少ない彼との思い出と考えると、覚えておくべきものなのだ。
 ミソラは笑いながら、残ったミルクレープにフォークを突き刺した。