40代のおばちゃんエージェントと年齢不詳の役者志望がアニメイベントに行くお話

 下町地区は最近よく足を運ぶようになったな、と中年女性――エージェントは思う。
 昭和の良き時代を切り取ったかのような街並みの中、しばらく歩いてやっと目的の家に到着する。
 挨拶をしてドアをノックするが、返事はなし。ただ鍵は開いているので誰かいるだろうと思い、ためらいなくそのドアを開ける。
「誰かいるかーい?」
 彼女の声に応じたのは、真っ当な人の言葉ではなく大きないびき。
「んががぁ~~、がぁ~~……」
「やれやれ」
 いびきの元をたどれば、腹丸出しで寝ているカラフルな髪の男の元にたどり着く。現在朝の9時だと言うのに、高らかにいびきをかくこの男は。
「フラリオ! ふーらーりーお!」
「ん、んぁ? おおおガンバルゼータ来た!」
「朝っぱらからガチャってる夢見てんじゃないよ! もう起きな!」
「ふがっ!」
 半ば転がす勢いで揺すると、ようやくフラリオが目を覚ます。ガッツポーズのままフリーズするものの、ようやく今が現実だと悟り大あくびをした。
「くそ~、オレのガンバルゼータが……」
「ガンバルもガンバライドもないっての。もう9時だよ」
「何だまだ朝じゃねえか。二度寝していいか?」
「良くない!」
 最近新しくライダーになったこの男、自分の本能に忠実過ぎるきらいがある。よく言えばマイペース、悪く言えば自分勝手だ。
 現に彼は丸出しの腹をぼりぼりとかきながら、布団から離れようとしない。こちらが油断すれば、あっという間にまた夢の中に飛び込んでいくことだろう。
 だが今回は、そんな彼を引っ張り出せるであろう「奥の手」がある。
「フラリオ、このアニメのミュージアムに興味あるかい?」
「!!?」
 ぴらりと入場チケットを見せると、フラリオは予想通りに食い入るようにそれを見る。
「おおおおお! これ、アニバーサリーミュージアムのチケじゃねえか! マジもん?」
「マジも大マジ。2枚譲ってもらったから、あんたと行こうかと思ってね」
「行く行く行く行く行く! おばちゃん神! マジ拝む!!」
「OKOK、じゃあ着替えて飯食ったら出発するよ」
「おっしゃーっ!」
 さっきまでのだるそうな態度はどこへやら。フラリオはしゃきっと立ち上がって走り出し……そして足をもつれさせて転んだ。

 

「それにしても、フラリオはこのアニメも見てたんだねえ」
 フラリオのアニメ好きはよく知っているが、アニメと一言で言ってもピンからキリまで。時間的な意味で、放送中の全部のアニメを把握しているとはとても思えなかったのだ。
 そう思って聞いたら、やはり「見れる時にしか見れてねえけどな」という返事が来た。
「最近の映画とかはたまに見てんだよ。特に去年の映画は超良かった」
「なるほどねぇ」
 そんなことを話しているうちに、やっと現地にたどり着く。既に開園しているが、人が多く並ぶのは必至だった。
「大丈夫だよね?」
「問題ねえよ。トイレとかも済ましてきた」
 フラリオ曰く、グッズを買う際に並ぶのもよくある事らしい。待つことには慣れているようでほっとした。
 並んでいる顔ぶれも老若男女問わず。それでも小さい子供が多めで、きゃっきゃと騒いでいた。
「やっぱ子供とかも多いな」
「超長寿シリーズだしね。私が生まれた時からやってたし」
「うっひゃー、パネェな」
 並ぶこと30分で、ようやく中に入る。
 パンフレットを見ると、中はアニメの街並みを再現したエリアから始まり、そこを抜けると過去の映画やアニメの名シーン特集、意外なところはコラボした作品とその品物も展示しているようだった。
「うおおおお、マジで再現されてんじゃん!!」
 生粋のアニメ好きであるフラリオは、入った瞬間からテンションMAX。自分が止めないと、周りの迷惑顧みず走り回りそうだった。
 子供かそれ以上のわんぱく坊主を相手にするようなもんだ、と覚悟を決めて続いて行った。

「おばちゃんが小さい頃は、こういう空き地ってたくさんあったのか?」
「空き地自体はたくさんあったけど、土管とか置かれてなかったね。普通になーんもない、文字通りのただの空き地さ」
「ふーん」
「今じゃ空き地自体がレアだし、土管もよく解んないんじゃないかな」
「土管は解るだろ。ゲームで超有名だし」

「何だよこの椅子、小せえから座れねえ!」
「ぷっ、そりゃ、子供用の学校の椅子だからね。大の大人じゃそうなるさ」
「くっそー、実際に座ってみたかったのに」
「てかフラリオの場合、廊下で立ってる方が絵になるんじゃないかい? バケツ持って」
「ひでえな!?」

「『歴代声優聴き比べ』? 何だこりゃ」
「長寿シリーズだから、何回か声優さんが変わってるのさ。それぞれ聞いてみましょうってわけ」
「へー。おばちゃんはどの時代だったんだ?」
「私は一世代前だね。今のはCMぐらいしか聞かないけど、悪くないと思うよ」

「なっ、『歴代名シーンカード』!? これはコンプするしかねえだろ!」
「やめとけ! 財布すっからかんになる!」
「止めるなおばちゃん!」
「止めるよわたしゃ!」

 そんなこんなであちこちを見て回る事数時間。
 昼飯時をわずかながら避けた2人は、コラボカフェでちょっと遅めの昼飯を堪能していた。
「おおお、これが原作の味!」
「昔食べたかったんだよねえ。この箱のランチ!」
 原作再現のものから、昔コラボしていた飲食店のランチボックスまで。イベント用のカフェとは思えないほどの豊富な品揃えと味に、2人は舌鼓を打っていた。
 周りも美味しそうな料理や展示品の話で盛り上がっており、楽しい空気が流れている。当然自分とフラリオも楽しい気分だ。
「誘ってくれてありがとうな、おばちゃん!」
「いやいや。こっちもチケット1枚無駄にしなくてよかったよ」
 そんなことを言ってると、遠目で何か看板を抱えていた人間が看板に何かを書き記して上げなおした。
「ん、何だ?」
 目を凝らすものの、看板を抱えている人間は遠くてよく見えない。目をこすって見たりしても、無駄な努力だった。
 しかしフラリオは目がいいので、ちょっと目をこするだけで何が書かれているかが解ったらしい。
「完売した限定品が増えたのか」
「完売? ……ああ、あっちは物販ベースか」
 そう言えば食事の前に立ち寄ったのを思い出す。フラリオをひっぺがえした苦労を思い出したくなかったのか、すっかり頭から抜け落ちていたようだ。
 そのフラリオ、更に目を凝らして看板の文字を読んだらしい。少し顔をゆがめていた。
「げっ、『歴代名シーンカード』あと少しかよ。今から並んでも間に合わねえか?」
「もう少し、がどのくらいかによるけど……多分無理だろうね」
 物販ベースに並んでいる人間の数をざっと計算する。全員が全員そのカード狙いではないだろうが、多さを見る限り今から並んでも遅いだろう。
 嘆くかな、と思いきや、フラリオの反応は意外なものだった。
「ま、しょーがねえか」
 あれだけ買いたがっていた物を、あっさり手放したのだ。欲望に忠実な彼の事だから、僅かな望みをかけて買いに行くと思っていたのだが。
「いいのかい?」
「あれは先行発売で、会場限定じゃねえからな。店に出回ったら買う。それに……」
「それに?」
「幼児先輩に迷惑かけてまで買うもんじゃねえんだよ、ああいうのは」
 ……なるほど。
 メインターゲットであろう子供より前に出るのは良しとしない。一歩引いて熱中する。それが大人の楽しみ方なのだろう。
 はた迷惑なところもあるフラリオだが、自分が好きな物にはきちんと線引きして楽しむだけの倫理観はちゃんと持ち合わせているのだ。
 ……と、感心していたのだが。

「だから代わりにブラインドアクスタをコンプまで買う!」

 次の一言でズッコケそうになった。
 しかもブラインドアクスタの方が値段が高い。コンプまでの難易度は低いとは言えど、フラリオの運次第ではやはり財布に大ダメージだ。
 早速並ぶぞ、と意気込むフラリオを、どうやって抑えるか。そのことでしばらく頭を悩ませるのであった。