PARTS・7

 ふぅ

 ため息。
「どうした、ジャンゴ?」

 ふぅ

 またため息。
「だからどうしたんだジャンゴ」

 ふぅ

 ジャンゴはおてんこさまが聞いてるのに気づいていない。
「チェストォォォ!」
「はぅわっ!」
 おてんこ・電光石火(仮名)を頭に喰らい、ようやくジャンゴはおてんこさまの方を向いた。
「……何?」
「さっきからどうした。ため息ばかりついて」
「……別に」
「さては昨夜、キスされたのがそんなにショックだったか?」
「ぶっ!!」
 おてんこさまの先制パンチは見事にジャンゴの急所をついたようだ。暗い顔から一転して、顔を真っ赤に染めるジャンゴ。
「おっ、おおおおてんこさま、見てたの!?」
「ふっふっふ」
 意味深な笑いを返され、ジャンゴは穴があったら3年ほど入りたい心境になる。
 ジャンゴとリタの仲を一番積極的に応援していたのはおてんこさまである。だからこそ昨夜の様子を見られて恥ずかしかったのだ。
「お前達がそこまで進展してたとはな。私がいない間に進んでたのか?」
「そんな事ないって! リタはまだ友達だよ!」
「『まだ』ということは進展する気はあるのか!? よし、進め!」
「だーかーらー!!」
 普段の大人びた顔はどこへやら。ジャンゴはとうとうおてんこさまの花びらを掴んでぐいぐい引っ張りだした。オーバーヒートしていないはずなのに、体全体が熱い。
 未だに顔を赤くしているジャンゴを見て、おてんこさまは大きく笑った。
「全く、お前はどこまでもリンゴそっくりだな!」
「どうせ僕はお母さんに似てるところなんて無いですよーだ!」
 大げさにそっぽを向いて見せるジャンゴ。父によく似ている、とはよく言われることなので別に気にしていない。いい意味でも、悪い意味でも。

 だからジャンゴは気づいていない。
 感情を押さえがちなその性格は母親似なことに。

 日記はリタが引き取られて20日目のところで終わっていた。
 だがその20日間の中で、リタはその時の自分の周りに起きたことを大まかに知った。

 祖母の死の原因はヴァンパイアに関係あること。
 また両親もリタを生む前夜に、イモータルに襲われて行方不明になったこと。

「イモータルの眷属、ヴァンパイア……」
 リタはポツリと一人ごちる。
 ジャンゴとサバタの父リンゴは、伯爵にやられてからジャンゴたちと再会するまでずっと記憶を失って彷徨っていたらしい。
 不完全なヴァンパイア化は記憶などの精神に障害をもたらす。

 では、私の父と母は?
 そして私は?

「知りたければ、サン・ミゲルの両親の家を調べてみることだね」
 後ろからの声に、リタはびくっとした。
 慌てて振り向くと、サリアが厳しい顔をして立っていた。
「おばあさま…」
「リタがここに来た理由、私には分かってたよ。もともといつか話そうと思ってたし、お前から来てくれたのは好都合だった」
 日記をわざと分かりやすいところにおいて正解だったね、とサリアは付け足した。書庫整理を命じたのも日記を発見させたのも、全てリタに真実を知る手がかりを与えるためだったらしい。
 丁寧にお膳立てされた事に気づき、微妙な気持ちになった。ここまでしてくれたことには感謝だが、同時に言いようの無い不安に駆られてしまう。
「……私はいったい、どういう存在なんでしょうか」
「さあね。私にとっては可愛い孫娘のようなもの。あの太陽少年にとってはいなくなっちゃ困る大切な子。
 それだけだよ」
 日記を抱きしめながら、リタは昨日の夜を思い出していた。
 何で自分はジャンゴに口付けなんてしたのだろうか――? あの時はそれが無いと不安で仕方が無かった。扉が閉ざされたら、自分とジャンゴは一生会えない気がした。

 自分は確かにこの人が好きだという証が欲しかった。

 だが今は、何故それを求めたのかが分からなかった。それが欠けたものを埋める何かだと、本気で思っていたのだろうか。
 好きだという気持ちで、全てが満たされると思えない自分が嫌になった。初めて彼と出会った時のあの気持ちは、一体なんだったのか。それすら分からないのも嫌だった。
「リタ、サン・ミゲルに帰るんだね。そこでもう一度、ゆっくり考えてみることだよ」
 サリアの言葉に、リタは深くうなずいた。

 確かに、今は帰るべきだと思った。
 何もかもが分からないこの時、自分に光をもたらしてくれるのはあの場所意外考え付かなかった。

「あーあ、ここもハズレか……」
「どうやら、活動地点を決めていないようだな。ふらふらと彷徨っている感じか」
 最近出没しているヴァンパイアを追っていたジャンゴとおてんこさまだが、本拠地と予想される場所は全てもぬけの殻だった。
 活動場所は神殿とサン・ミゲル辺りと狭いほうだが、活動地点はなく常に移動しているようなのだ。次に現れる場所が予測できないため、かなりたちが悪い。
「どうする?」
 ジャンゴに聞かれて、おてんこさまはしかめ面をした。相手の場所が特定できないため、変に歩き回っても意味が無い。
「……仕方が無い。一度神殿に顔を出して、サン・ミゲルに戻ろう」
「出直しかぁ……」
 ジャンゴは今日で通算10回目のため息をついた。