寂しい気持ち・1日目

 サン・ミゲルのとある日。一人の少女が誕生日を迎えた。
「リタ~、誕生日おめでとうな!」
「……おめでとう」
「おめでとう、リタ」
 町の人々が口をそろえて祝福の言葉を言う。テーブルには美味しそうな料理やケーキ。華やかな飾り。たくさんのプレゼント。だが、どれもリタの心を明るい気持ちにさせることは出来なかった。
 料理もケーキも飾りもプレゼントも、ある少年がいなければ何の意味もない。
 それでも今は笑顔でそれを受け取っておく。ここで悲しい顔をしたら、せっかく自分を祝ってくれる人々に悪い。

 ――ごめん。サン・ミゲルから北のほうにイモータルがいる、って話を聞いたんだ。

 早朝、果物屋へやってきたジャンゴは一番にそう言った。
 ――いつ帰って来れます?
 寂しさを抑えて聞いた言葉に、ジャンゴは気まずそうな顔で答えた。
 ――分からない。おてんこさまが言うにはここから歩いて一日程度って言うけど、イストラカンみたいになってたら、何日かかるか。
 それでもなるべく早く帰ってくるから。そう言い残して、彼はおてんこさまと共にイモータルがいるという北へと旅立った。
 彼はヴァンパイアハンターであり、太陽少年なんだからと自分に言い聞かせても、ふと心にわきあがるのは「何で今日行ってしまうのか」という薄暗い感情。

 心のどこかですぅすぅと乾いた風が吹くのを、リタは感じていた。

(誰よりも、貴方の「おめでとう」が欲しかった)
 侘びの言葉ではなく祝福の言葉だったら、何日会えなくても我慢できた気がする。それなのに。
(いけない、いけない)
 ため息が出そうになるのに気づき、慌てて笑顔を作る。町のみんなが自分を祝ってくれているのだから、今はそれを喜ぼう。
「リタ?」
「大丈夫ですよ」
 にっこりと笑顔を返す。本当は彼のために取っておいた笑顔だが、ここで使っても誰も文句は言うまい。

 日捲りのカレンダーがめくられ、リタは自分が新しい歳になって一日経ったことに気づく。

 からんからん

 軽やかなベルの音と共に、ジャンゴの兄であるサバタが顔を出した。
「まあ、サバタさま!」
「…元気そうだな」
「どうしました?」
 出不精で人嫌いな彼が顔を出すのは珍しい。いつもの営業スマイルを浮かべるリタだが、サバタは無表情にリタを見つめる。
「……元気そうだな」
 さっき言った言葉をもう一度繰り返すサバタ。リタは彼の真意が分からず、スマイルが苦笑になってしまう。
「ジャンゴのことだ」
「!」
 苦笑が消えた。
「安心しろ。あいつは無事だ」
「そうですか……」
 サバタの言葉にリタはほっとするが、同時にどうしてそれが分かるのかと疑問が浮かんでしまう。その表情を見て、今度はサバタが苦笑した。
「分かるんだ。何故かな」

 ――双子の絆。

 リタの頭にそんな言葉が浮かんだ。
 昔から双子は魂が二つに分かれてしまった存在と言われ、そのつながりは深いとされている。太陽と暗黒、全く相反したものを宿したとしてもつながりは決して消えないのだろうか。
(私とジャンゴさまには、そんなものはない……)
 全くの他人。つながりがあるとしたら、太陽樹だけ。そのつながりも、サバタと比べてなんと薄いものか。

(あ、また…)
 リタの心の中に、すぅすぅと乾いた風が吹いた。