40代のおばちゃんエージェントと24歳の鬼いさんが煙草を吸うだけのお話

 喫煙が習慣になってから、困っているのは吸う場所だ。
 狂介と為士には喫煙を秘密にしてるもんだから、家(アジト)で吸うわけにはいかない。かといって外で吸うのも気が引けるし、誰が見てるか解らない。
 仮面カフェも全席禁煙だし、ライダーステーションも多分禁煙だろう。本当に参った。
 禁煙すれば全て解決なんだが、癖になってしまった習慣はそう簡単には直らない。なんか気分転換を……と思うと、ついポケットから煙草を取り出してしまうようになってしまった。
 参ったなぁ。
 いっそ話すか? いや、狂介はともかく為士はうるさそうだよな。インスピレーションがどうたらとか言って、禁煙を命じてきそうだし。
 ああ、また吸いたくなってきた……。このままヘビースモーカールートまっしぐらか? それはそれで嫌だ……。

 そんなある日。
 俺は狂介を連れて仮面カフェを訪れていた。
 狂介は最近作ってもらったらしいキーマカレーの事でみんなと一緒に話に花を咲かせている。キーマカレーか。確かにアレは狂介が喜びそうなメニューだ。
「そんなに喜んでもらえると光栄ですね」
「また作ってくれよ! 肉最強盛りでな!」
「ええ、解りました」
 楽しい会話。俺もつられて笑うんだが、内心「あー、どこかで吸えないかな~」なんて思っている。なんてこった。
 我慢我慢。狂介が楽しいんだから俺だって楽しい。そう思わないと。
 なんて思ってたら。

「松之助、松之助」

 どこかから名前を呼ぶ声。どこだどこだ?と視線だけで探してたら、端っこの方で手招きする中年女性……おばちゃんの姿が。
「こっちおいで!」

 と言うわけで、俺はおばちゃんに手招きされて一緒に地下を歩いている。
 いつも通るルートとは違うけど、多分ライダーステーションのどこかだと思う。俺も全部知ってるわけじゃないから、明確にどこそこだとははっきり言えない。
 そんな感じでうろうろ?してしばらく、無機質な部屋にたどり着いた。
 遠くでごぅん、ごぅん…と何か動く音が聞こえるので、ライダーステーションの施設が近くにあるんだろう。しかし、この部屋には何もない。
「ここは?」
 俺がそう聞くけど、おばちゃんは何も言わずに近くのスイッチを入れた。
 ぶぅん、とどこかで音がする。あれ、これ換気扇じゃないか? と言うことは……って
「煙草吸ってるー!?」
 そう。
 いつの間にかおばちゃんは煙草を吸っていた。なんかもう手慣れた手つきで吸ってるし、はーって煙を出しては「はー、うま」なんてババ臭い(失礼!)事言ってるし。
「おばちゃん、煙草なんて吸っていいのか!?」
「何言ってんだ、ここ喫煙室だよ。だから吸ってんじゃないか」
「まあ、喫煙室ならいいけど……」
「そんな事より、あんた吸わないのか?」
「い、いや、俺は……」
「吸うんだろ? 吸いたいんだろ?」
「……」
 押し問答?の末、俺も大人しく煙草を出して一服となった。
 それからは煙草談義に花を咲かせる。やれいつから吸い出したとか、どんな銘柄が好きだとか、一日何本吸ってるかとか、いろいろ。
「本当はここに来る時禁煙しようと思ったんだけどねぇ。松之助が吸ってるなら、私も大手を振って吸える」
 おばちゃんはそう言ってからからと笑う。いやいやいや、人を盾にしないでくれ。こっちは結構悩んでるんだから。
「それにしても、ライダーステーションにも喫煙室があるんですね」
 話を変えるための質問をすると、おばちゃんはひょいと肩をすくめる。
「正式な喫煙室じゃないよ。でも換気扇が回るようになってるあたり、作る気はあったんだろうね」
「あ、やっぱり……」
 救出されたライダーの年齢は様々だが、当時未成年な者もそれなりにいる。いるか解らない喫煙者のために喫煙室を作るほど、余裕はないだろう。
 それでもこうして残しておいてるあたり、いつか誰かが……とは思ったんだろうな。で、その誰かが俺なわけだ。
「だからあんまり気にしないでいいよ。仮面カフェで吸いたくなったらここで吸えばいい。たまに私もこうして吸ってるから」
「ありがとうございます」
 吸う場所に悩んでいた俺にとっては嬉しい話だ。それに何より、一人で吸ってるより誰かと一緒に吸う方が何倍も気が楽になれる。
 と、そこでようやくここに着く前に頭に浮かんでた疑問をやっと思い出した。
「そういえば、何で俺が喫煙者だって解ったんです?」
 聞かれたおばちゃんはにやりと笑う。
「喫煙者同士は惹かれ合う」
「は?」
「冗談だよ。ちょっとヤニっぽい匂いしてたから、ダメ元で誘ってみただけさ」
「なるほど……」
 ヤニ臭いのはこの間狂介にも突っ込まれたことだ。匂い消しを使ってなるべく匂わないようにしてるんだけど、やっぱ気づかれるのか……。
 こりゃさらなる対策が必要だなぁ、としみじみと感じた。

 お互い一本だけ吸った後、仮面カフェに戻る。
 カウンターの方ではまだ狂介が大声で笑っていて、会話が続いているのがよく解った。
「お、兄貴お帰り!」
「随分と楽しそうだな。肉料理の話題がまだ続いてるのか?」
「おう! 今は世界の肉料理についてだぜ!」
 聞いてないのに話の内容まで付け加えてくるあたり、本当に楽しいんだろう。陽真もだけど、こいつも底抜けに明るいよなぁ。
 そんなことを思ってると、その狂介が俺に近づいてくんくんと鼻をひくつかせる。待て、これってもしかして。

「……兄貴、またヤニ臭ぇんだけど」

 ほら来た。
 どうする、今回は逃げ場ないぞ。頑張れ俺、閃け言い訳!
 なんて必死になって頭フル回転させてたら。

「ああ、そりゃ私だよ」

 俺の後ろにいたおばちゃんが、ひょっこりと顔を出した。
「え、おばちゃん!?」
 狂介がびっくりしてのけぞりかける。俺の身体が大きいから、後ろにいたおばちゃんに気づかなかったみたいだ。ちなみに執事さんも気づいてなかったらしく、目を丸くしている。
「まさか、また貴女煙草吸ってたんですか?」
「いいだろ~。仮面カフェの中では吸ってないんだから」
 執事さんの問いに、おばちゃんがからからと笑って答える。この様子だと、執事さんはおばちゃんが喫煙者だってのは知ってるみたいだ。
「もう年なんですから、お体を大事にですね」
「はいはい、解った解った。吸ったっつってもちょっとだけなんだから。ま、そういうわけだから、松之助の煙草の匂いの原因は私だよ」
「そ、そうなのか……」
 毒気のない笑顔を向けられて、狂介は大人しくなる。
 助かった……。
 ほっと胸をなでおろし、心の中でおばちゃんに頭を下げる。彼女の機転がなければ本当にヤバかった。
 そのおばちゃん、俺と視線が合うとぱちりとウインクした。

 ――本当はここに来る時禁煙しようと思ったんだけどねぇ。松之助が吸ってるなら、私も大手を振って吸える。

 なるほど。
 おばちゃんも吸いたかったんだな。でもどうやって誤魔化すか悩んでいたところ、同じようにどうやって誤魔化すか悩んでいた俺が来た。
 俺が吸っていないよう誤魔化す理由として、おばちゃんの名前を上げる。そうすれば自分は、誤魔化しの理由と言う名目で吸えるわけだ。
 参った。これは勝てない。
 亀の甲より年の劫。どうやら俺は、この中年女性には一生頭が上がらなくなりそうだ。