ゆめかうつつかまぼろしか
ただひとつだけいえるのは
てをさしのべられなかった
暗い闇の中に、ミソラは一人いた。
確か布団に潜り込んで寝たまでは覚えているので、多分夢の中なのだろう。
夢の中と認識できる夢なんて珍しいな、なんて思う。せっかくだから自由に動き回りたいが、あいにく身体はそこまで自由にできないようだ。
「ハープ?」
相棒の名前を呼ぶが、返答はない。夢だから当然ではあるが、不安にもなる。
そもそもこの暗闇の中では、飛び回るにしても遊ぶにしても物足りない。ハープもいないならなおさらだ。
「つまんないの」
あえて気持ちを口に出すと、暗闇がゆらりと揺らめいた気がした。何だ何だと目を凝らしていると、揺らめきは一人の影となる。
それは最近見慣れてきた白と黒の影。この世界において一人を貫く存在、ソロに違いなかった。
「……貴様か」
夢の中だと言うのに、ソロはこっちを認識した。
赤い瞳がこっちを見ているのに気付いたミソラは、思わず睨み返してしまう。人の夢の中に勝手に入り込んで何様のつもりだろうか。
肝心のソロの方は人の夢に勝手に入り込んでいることには気づいていないらしく(当たり前だが)、睨んでくるミソラに何の興味もなさそうだ。
「ちょっと、何も言わないの?」
興味なさそうに立ち去ろうとするので、急ぎミソラは声をかける。当然、その程度で止まるソロではないのは重々承知だが。
「スバル君を助けたお礼とかも言いたいのに」
ぴたり。
まさにそんな言葉が似合うくらい、ソロの足が奇麗に止まる。
「そんなものはいらん」
「いるよ!」
何故だろう。せき込むような勢いになる。何かを言うべきなのに、その言うべき言葉が喉から出てこない。ありがとう。そう言えばいいはずなのに。
「私が、お礼を、言いたいの!」
叫ぶ。だが、それでもソロは揺らがない。
彼にとって他人は恐怖であり、キズナの象徴そのものだ。だから彼は決して他者の言葉に耳を傾けない。それだって重々承知のはずなのに。
「ソロ!」
もう一度叫ぶ。
名前を呼んだことでソロは完全にこっちを向くが、それ以上の言葉が出てこない。
つらい。
胸が張り裂けそうな痛み、苦しみ、全てがつらい。何か言いたいのに何も言えない、何も思いつかない自分が、つらい。
「わたし、は」
あなたに、おれいを、いいたい。
ありがとうって、いいたい。
それだけなのに、どうしてことばがでないの。
ぐるり、と世界が回った。
夢から覚めるんだと気づいた瞬間、何とかソロを捕まえようと手を伸ばす。……そして当然だが、それはすり抜ける。
世界が回っていく中、何度もソロの名前を呼ぶか、彼はもう二度とこっちに反応しない。最初からいなかったように。
ただ。
最後の一瞬だけ、ミソラははっきりと見た。
どこか苦しそうな顔をした、ソロの横顔を。
「……!」
目が覚めた。
窓から差し込む光で朝だと解る。だが、ミソラの心は朝だと認識しづらかった。
頭も目も冴えていくが、目は潤んだままだ。一度瞬きすれば、涙がこぼれ落ちることだろう。
ソロは行った。自分の手の届かない処へと。
「どうして、こうなっちゃうんだろう……」
夢の中で何か一言言えれば、引き留められたのかもしれない。それなのに、自分は何も言えなかった。
理由は解る。……自分もまた、ソロを傷つけた人間の一人だから。
スバルをかばってソロと対決したあの時。ミソラは勢いに任せてソロにきつい言葉を投げかけた。
――キズナを否定とか、悪い奴がすることなのよ!
――どうせ友達ができないくらい悪い性格なんでしょ! 私には解るんだから!
他にも、いろいろ、いろいろ。
何も知らなかったとは言え、あまりにもひどすぎる言葉の数々。そんな自分に、ソロが心を開くなんてありえないのだ。
そもそも夢の中で謝っても意味がない。あのソロはミソラの夢で作られたものであって、本人ではないのだ。
……でも、それでも。
「それでも、ちゃんとお礼、言いたかったよ……」
いつか本人と会った時に、まっすぐ顔を見て言えるようになるために。
いつか彼と手を取れるようになるために。
だけど、今は。
「うっ、うああ……」
しばらく泣こう。
想いが伝わらなかったことに対して、泣こう。
「……!」
目が覚めた。
まだ光が差し込まないので、朝は来ていないらしい。
日が昇る前に目が覚めるのは慣れている。その時は、適当に外を出歩いているのだが、今日は何故かそうする気になれなかった。
「……くそっ」
原因は解らない。ただ、夢見が悪いという気持ち悪さが身体全体を覆っているだけ。
夢を思い出したいが、どうしても思い出せない。いつも見る悪夢とは違ったのは解るのだが、それ以上が思い出せないのだ。
どんな夢を見たのだろうか。そして、何を聞いたのだろうか。
「……くそっ」
もう一度舌打ちをして、ソロはごろりと横になった。