あの後。
物足りないと感じて、熱に浮かされるままもう一度抱いた。
シドウもクインティアも快楽の波に飲まれるまま互いを求めあい、繋がっては甘い吐息を漏らす。
「ティア……愛してる……っ!」
「シドウっ……!」
相手の名前を呼びながら達することの、何物にも代えがたい幸せ。
気づけば二人は快感と幸せに包まれたまま抱きしめあい、そのまま朝まで眠ったのだった。
……そういうわけで、今シドウはルナの前で正座させられている。
「で、勢いで告白して、勢いでそのまま……お楽しみしたわけね」
「申し訳ない……」
シドウとクインティアにとっては両想いとなっただけなのだが、傍から見れば他国の騎士が女王と寝るというとんでもないスキャンダルだ。バレれば当然、シドウの首は物理的な意味で飛ぶだろう。
だが上司でもあるルナの表情は意外にも渋くない。と言うか、明るいのだ。どういうことだろうか。
シドウとしては首が飛ぶのは(物理的な意味も含めて)覚悟の上だった。あのまま黙ってクインティアをディーラーの輩と結婚させていれば、それこそ自分を許さないまま生きていくのは目に見えていた。
だが自分のやらかしでルナ、ひいてはミーティアがどうなってもいいのかと言われればそうではない。我儘ではあるが、自分はどうなってもいいが国だけは見逃してほしかった。
シドウが頭を下げる中、ルナはくすくすと笑いながら「別に責めるつもりはないわよ」と告げた。
「そもそも貴方が突っ走ることは想定済み。後はお互いの気持ちをカードにして、ヴェリツィアと交渉する予定だったから、私たちとしてはこれで良かったのよ」
「は?」
よく解らない。自分とクインティアが結ばれたことと、ヴェリツィアとの交渉。どう繋がるのだろうか。
首をかしげていると、ルナはちょっと深いため息をついて付け加えた。
「だから、この際貴方と女王陛下、婚約を持ち掛ければいいのよ。ディーラーとの政略結婚よりだいぶ好印象でしょうが」
「は!?」
同じ言葉をもう一度……ただし今回は声のトーンを一つ上げて叫ぶシドウ。婚約? 自分とクインティアが?
その反応で満足したらしく、ルナがころころと笑った。
「ま、貴方がクインティア女王陛下に好意を持ってるのは解ってたし、私たちミーティアもヴェリツィアとの関係が欲しかった。だから、こうやって上手くノセて、やりやすくしようってヨイリーさまと話してたのよ」
「ヨイリー宰相が?」
「ええ」
涼しい顔で紅茶を飲むルナに対し、シドウはがっくりと頭を抱えてしまった。
自分があれこれ悩んでいたのが馬鹿らしくなる。上は自分の想いを汲んでの上で、ヴェリツィアとの友好関係を結ぼうとしていたわけだ。しかも婚約と言う大それた繋がりを作ることで。
でも。
からくりが解った今、呆れよりも嬉しさの方がこみあげてくる。自分の努力は無駄ではなかったのだ。
……となると、ジャックの方が気になる。彼ももしかして、この策略に気づいていたのだろうか。
「じゃあ、ジャック王子は……?」
恐る恐る聞いてみる。ルナはぽんと手を叩いて説明をプラスした。
「王子には昨日ある程度話したわ。結婚相手がこっちの騎士なら問題ないでしょうって」
「あー……」
こっちの騎士。おそらくこの言葉でジャックは誰の事を指しているのか解ったのだろう。だから自分をクインティアの部屋まで導いた。
結局悩んでいたのは自分とクインティアだけ。周りは笑って見守ってくれていたのだ。
「それから」
ルナが指を一本上げる。
「ヨイリーさまが言ってたのよ。
『せっかく結婚するんだもの。愛する男がいるならその人とくっつけたいでしょう?』」
かくして。
音速の英雄シドウと氷潔の女王クインティアの婚約は、ルナの手腕もあってさほど大きな問題もなく進められた。
生まれは平民ではあるが高名な騎士、しかもクインティアと縁があるというシドウに対し、表立って文句を言う者は誰一人としていなかった。
これを機にミーティアとの友好条約も進められ、日にちを決めて女王の婚約とミーティアと友好関係を結ぶことを発表する予定だった。
そのはずだった。
ミーティアがヴェリツィアの後ろ盾を得ることを嫌ったディーラーが、発表手前でミーティアを襲撃。現王を処刑したことでミーティアは崩壊してしまった。
明らかな侵略行為としてヴェリツィアはディーラーを糾弾。世界からにらまれることになったディーラーは、滅びの一途をたどることになる。
そして……。
ぽん、ぽんと花火が打ちあがる。
ミーティアとヴェリツィア。両国の子供たちが歓声を上げながら、大聖堂に続く道を駆け抜けていく。
屋台は美味しそうな料理が並び、あちこちから歌やら大道芸やらで盛り上がっている(その中には見覚えがあるような歌姫もいたらしいが)。
今日は、女王と騎士の結婚式の日。
ミーティア再建のめどが立ったことで、国民たちは徐々に明るさを取り戻しつつある。だがまだ復刻への士気が足りないと判断した両国は、この機会にと結婚式を挙げることになったのだ。
結婚式会場は、ヴェリツィアの大聖堂。
既にミーティア・ヴェリツィアの関係者がずらりと勢ぞろいし、今回の花婿と花嫁――シドウとクインティアを祝福している。
「女王陛下、ご結婚おめでとうございます!」
「シドウさん、結婚おめでとう!」
人々は生まれた国関係なく、肩を並べて二人の結婚を祝う。ミーティアとヴェリツィアの関係が、良いものであるという証拠でもあった。
そんな祝福の嵐の中、シドウはふと、昔の事を思い出した。
――またいつか会おうよ。その時は……。
――オレ、君の騎士になるから!
(見てるか? 昔のオレ。ちゃんと夢、叶えたぜ)
思えば最初に出会った時から惹かれていた。氷のような冷たさを纏いつつも、氷のような冷たい重荷を背負っている彼女の目に飲み込まれたのだ。
支えたかった。守りたかった。その思いだけを糧に、騎士として努力し続けたのだ。
その想いと努力が、今報われようとしていた。
「女王陛下のご入場です」
司会の一言で、シドウを含む全員の視線が緞帳へと集中する。
さっと上げられる緞帳。
そこには、パールホワイトの花嫁衣裳を身に纏ったクインティアの姿があった。