「ルナちゃん、まだかなぁ」
2月13日。
ミソラはルナと一緒にバレンタインのチョコレートを買いに来ていた。
とは言っても本命チョコは既に作り終えており、今買いに来ているのは義理チョコ・友チョコの類だ。
ルナがおすすめの店があると言って連れてきてくれたのだが、一歩手前の所で電話で呼ばれてしまい、今ミソラは一人で待ちぼうけ状態。そして冒頭のセリフと言うわけである。
先に行く手もあるのだが、あいにくミソラはその「おすすめの店」を知らない。ここで勝手に歩き回って迷子になったら大変だ。
さてどうすればいいのか。
何となく周りを見渡すと、モニターにロックマンの活躍ぶりが映っている。テロップには「またもロックマン大活躍!」という文章が主張していた。
「はーあ」
ため息が出る。
かつての想い人。初恋の相手は、既に本命から降ろされている。何故なら、今いない親友が恋人の座を手に入れてしまったから。
そして今のミソラの本命は今どこにいるか解らない。一応本命チョコは作ったものの、当日渡せるかも解らないし、受け取ってくれるかも解らない。
解らない尽くしのバレンタインが、少しだけ辛い。
「はーあ」
再びため息が出てしまう。と、そんな時。
「かーのじょ♪ 何してるの~?」
「……!」
気づけば軟派そうな男が2人、ミソラの前に立っていた。それなりに服装やアクセに気を使っているが、軽薄そうな笑みが評価を下げている。
男たちはミソラが逃げられないように囲み、にやにやと笑いながら顔を近づけてきた。
「ねえねえ、1人?」
「なーんか寂しそうな顔してるからさぁ、俺たちと遊ばない?」
「カラオケとかどう? ご飯とかでもいいよ~?」
なんてテンプレなナンパなんだと内心鼻で笑いながら、ミソラは営業スマイルを浮かべる。
「ごめんなさーい。友達と来てるんです~」
「えー?」
「じゃあお友達と一緒に遊ぼうよ~。2・2でカップル成立!とかさぁ」
「いえいえ、既に相手いるんで!」
「そう言わずにさぁ」
引き下がらずに粘り続ける男たち。その目には「上玉を逃がしてたまるか」という欲が見え隠れしていた。
(ああもう、ルナちゃん早く!)
さすがのミソラも、営業スマイルからただの苦笑に変わりつつあった。まだ戻らない親友を呪いつつここから逃げ出す算段を立てていると、男がミソラの顔をまじまじと見る。
「……なあこの子、響ミソラに似てないか?」
「マジか!?」
もう1人の方もミソラの顔を覗き込んでくる。
大きめのサングラスと帽子で人相を隠しているものの、よく見れば気づかれてしまうかもしれない。まずいな、とたらりと冷や汗が流れる。
「おいおいおい、もしかして本物か!?」
「やっべー! オフのミソラちゃんと遊べるとか俺マジで運良すぎじゃね!?」
「おい何が『俺』だよ! ミソラちゃんとデートするのは俺だからな!」
「何だとぉ!?」
男たちは既にミソラと遊べると思い込んでいるようで、お互い我先にと前に出てくる。周りも徐々に「え、ミソラちゃん?」とざわめき始め、このままでは大騒ぎになるのは目に見えていた。
そんな中、男の1人がミソラに向かって手を出してきた。
「ミソラちゃん、俺とデートしよう!」
「え、ちょ、ちょっと!」
拒絶の言葉を出す前に、男が無理やり腕を握ろうとしてきた。慌ててひっこめたのとほぼ同じ瞬間。
「オレの女に何をしている」
男に手を取られるより先に、後ろから腰を取られた。
慌ててそちらを見ると、いつの間にかソロがそこにいる。ぶっきらぼうな態度は相変わらずだが、腰に回した手が力強く感じるのは気のせいか。
目当ての女を取られた男がソロを睨もうとするが、逆に冷徹な眼差しを向けられて悲鳴を飲み込んだ。しかし、ミソラの方に視線を向けて怒鳴り散らした。
「な、何がオレの女だよ! みみみミソラちゃんの彼氏面とかしてんじゃねーよ!」
「そ、そうだそうだ! 俺たちが許さねぇぞ!」
男たちがわずかばかりの勇気でソロに食って掛かるが、当の本人は意に介さない顔でぼそりと言う。
「こいつは響ミソラじゃないぞ。他人の空似だ」
「「……え??」」
あっけにとられる男たち。そんな彼らを見て、ソロは呆れたようにため息をついた。
「似てる顔なのは事実だがな。響ミソラのファンだと言うなら、見分けぐらいつけたらどうだ」
「え、あ、はい……」
完全に毒気を抜かれた顔で、男たちは顔を見合わせる。さもありなん。憧れのアイドルが目の前にいたと思いきや、ただのそっくりさんだと言われたのだ。気が抜けるのも解らないでもない。
男たちはなおもミソラが気になるのか、未練がましくちらちらとこっちを見るが、ソロが睨むことで怯えて帰っていった。遠巻きに見ていた周りも響ミソラじゃないと解り、ゆっくりと解散していく。
後に残るのはソロと、いまだにそのソロに腰を取られたままのミソラのみ。
「あ、あの」
ミソラがおずおずと声をかけると、ソロがようやく手を離した。
「何だ」
「あ、ありがとう。助けてくれて」
「貴様が油断しすぎだ。もう少し警戒しろ」
「こんなところで警戒も何もないってば……」
ナンパされたのは油断と言えば油断だが、そういう輩を常に警戒していたら遊びにも行けなくなる。特にミソラは休みを取るのが厳しいので、こういう時こそ人の目を気にせず遊びに行きたいのだ。
やや物騒なソロの注意に呆れそうになるが、ふとある言葉を思い出す。
「ねえ、さっきの言葉……」
どういう意味、と問おうとしたら、ソロはすたすたと速足で去って行ってしまった。急いで後を追おうとしたが、それより先にようやく用事が終わったルナが戻ってきたのでそれもできなくなってしまう。
ルナもさっきまでの騒動に気づいていたらしい。開口一番「大丈夫?」と声をかけてきた。
「だ、大丈夫だよ。ソロが助けてくれたから」
「そうだったわね」
ルナもソロが去って行った方に視線を向ける。当然だがもうソロの影はない。
「よかったわね」
何が、とは言わない。だがミソラはそれだけで相手の言いたいことが解った。
人嫌いキズナ嫌いのソロが、自分を助けてくれた。それが嬉しい。スバルの時と……いや、もしかしたらそれ以上に。
それに。
――オレの女に何をしている
オレの女。ソロにとって自分は大事な存在だと、言葉で教えてもらった。こんなに胸がどきどきする言葉があるだろうか。
(やだ、今になってどきどきしてきた)
自分でもわかるくらいに顔が、身体が火照っている。
夜眠れるだろうか。明日ソロにチョコを渡すとき、思い出して顔が赤くならないだろうか。
ミソラはしばらくそのことでもんもんと悩むことになってしまった。
何であんなことを言ったんだろう。
ミソラと別れてから、ソロの頭はそのことでいっぱいになっていた。
――オレの女に何をしている
先ほど自分が言ってしまった言葉。
思い出せば思い出すほど、自分らしくないとんでもない言葉で頭を抱えたくなってしまう。
よりにもよって「オレの女」。これではまるで、ミソラと恋仲になってるようなものではないか。
一応ミソラからスバルに振られたと言われているものの、ソロから口説いたことは一度もない。それでも、自分の心のどこかではミソラを自分のものにしたいと思っていたのだろうか。
(ああくそ、頭が痛くなってきた……)
頭を抱えてしまう。顔が、身体が火照っているのが解るから、なおさら頭が痛くなる。
一応明日会う予定なのだが、その時どんな顔で彼女に会えばいいのだろうか。
ソロは夜までそのことでもんもんと悩む羽目になってしまった。