そして、その日は来た。
ディーラー城を始めとした重要施設が爆破され、同時にミーティアのレジスタンスが城を攻め始めたのだ。
元々統率が取り切れてなかったディーラー軍は壊走を重ね、これを機に動き出したほかの国にも攻められたことで、城は陥落。王は討たれたのであった。
城下町から少し離れた場所にある屋敷でも、その動きは見て取れた。
「え、な、何!?」
あちこちで爆発が起きたかと思うと、城が攻撃された。ミソラは目を丸くして、煙の元を目で追ってしまう。前のチンピラたちの襲撃では外は何もなかったが、今回は城が襲撃されている。
ミソラはソロの話したことを思い出す。今、この国は外から狙われているのだと。
(スバル君たちが来ている……!?)
真っ先に浮かんだ可能性。
スバルたちが、そう簡単に自分やミーティアの民たちを見捨てるとは思っていない。いつかは助けに来るという確信はあった。
そうなると、自分はすぐに脱出準備をしなければならない。しかし足は動いてくれない。恐怖ではなく、あることが気になっていたからだ。
(ソロはどこ?)
今ソロは屋敷にはいない。仕事で外に出ているのだが、どこで何をしているかまでは聞いていなかった。
ラプラスがいれば聞けるのだが、最悪にも今日のソロはラプラスも連れて行っている。
(どうしよう)
留まるか、ソロを迎えに行くか。
後者はつい最近失敗しているし、前者はいつまで待てばいいのか解らないので不安すぎる。
……しばし悩んだ末、待つことに決めた。
正直待つのは不安しかないのだが、うっかり外に出て変な輩に絡まれるのはごめんだ。それに、今はまだ町の外まで混乱が広がっていない。家の鍵をかけ、窓も鎧戸を閉めておけばしばらくは耐えられるだろう。
そうと決めたミソラは、家の鍵がかかってるか確認してから窓を見て回った。たまに外の様子を確認しつつ、窓の鎧戸を閉めていく。
(私の部屋、客室、ダイニング、あとは……ソロの部屋)
部屋の鍵を使って中に入る。当然だが鎧戸は閉まっていなかったので、鎧戸を閉めた。
と。
偶然目に入った机。その机の鍵のついた引き出しが、開いていた。
「……?」
前回の探索では調べられなかった、鍵のついた引き出し。その引き出しが少し開いていたのを、見てしまった。
誘惑に負け、ついその引き出しを大きく開けてしまうミソラ。
そこにあったのは、一冊のノートだった。
「何これ……」
手に取ってぱらぱらとめくっていく。そこに書かれている文を読んでいくにつれ、ミソラの顔が徐々に真剣なものになっていった。
どのくらい読んでいただろうか。
屋敷の近くでばたばたと音が聞こえてきたことで、ミソラはようやく顔を上げた。
ほぼ間髪入れずに、屋敷のドアががちゃがちゃと鳴る。誰かが鍵を開けようとしているのだと気づき、ミソラは慌ててドアを抑えた。
「だ、誰!?」
ついドアの外にいるであろう誰かに声をかけると、その誰かがミソラの声に返事をした。
「……ソラちゃ……! ミソ…ちゃん!」
「す、スバル君!?」
聞き慣れた懐かしい声。ミソラは鍵を開けて、外にいるスバルを中に入れた。
「スバル君、来てくれたの!?」
「ミソラちゃん!」
懐かしい顔。しばらく前までは誰よりも見たかった顔に、ついミソラの涙腺が緩む。
だが、そこまでだった。涙はこぼれるが、それ以上の行動はしなかった。それこそしばらく前のミソラなら、スバルの腕の中に飛び込んだだろう。だけど、今は。
「……ミソラちゃん?」
スバルも気になったのか、表情が疑問のそれに変わる。近づけない。悲しいけれど、ソロとの生活の中でミソラの心はスバルから離れてしまった。
ミソラが口を開き、その言葉を紡ごうとした瞬間。
「来たか」
いつの間にか戻ってきたのか、ソロがスバルの後ろに立っていた。スバルはすぐにミソラをかばいながら立ったので、必然的にミソラはソロから見えない位置になってしまう。
ソロはそんな二人を見て、ふぅとため息をついた。
「やっと返せるな」
「「え?」」
ソロの言葉にミソラとスバルは思わず声をハモらせる。ソロの方はいらないように手をぱたぱたと振った。
「さっさと連れて帰れ。オレにはもう用なしの女だ」
その態度でを見たミソラの脳内で、いつかのソロの言葉がリフレインする。
――さっき、兵士たちが『誰々に渡す』って言ってたよね。それってどういうこと?
――いずれ、解る。
「……まさか、私を渡す相手ってスバル君の事?」
「え?」
再度スバルが同じ声を上げ、ソロは返事をせずにぷいっと視線を逸らす。
確かに捕まって最初のころはミーティアに帰りたい、スバルに会いたいとずっと願っていた。だけど、今は。
「ごめん、スバル君」
ミソラは一歩踏み出すことで、スバルのそばから離れた。
「ミソラちゃん!?」
「!」
スバルとソロの動揺をよそに、ミソラはソロの元に駆け寄った。
「私、ソロと一緒に行くよ。いつかミーティアに帰るとしても、その時はソロと一緒に帰る」
「何を勝手に……!」
ソロが声を上げるが、ミソラはそれを無視してスバルの方を向く。
「ミーティアのみんなには悪いけど、私はこの人と離れたくない。見捨てたくないんだ」
「……」
もう二人は何も言わない。ただミソラの言葉を黙って聞くだけだ。
しばしの沈黙。
「……そうか」
最初に口を開いたのはスバルだった。
「ミソラちゃん、幸せになるんだよ」
「うん」
ソロはいまだに黙ったままだ。ミソラの言葉を素直に聞いているのか、それとも何か言い訳を考えているのか、それは解らない。
どっちでも構わない、とミソラは思った。自分は自身の想いに素直に生きるつもりだ。それは誰にも邪魔をさせない。
遠くで争い合う声が聞こえる。
「……もうこの国は終わりだ」
ソロがぼそりと呟く。
「オレはこの国を離れる。ついてくるなら止めはしないが、後悔しても知らんぞ」
「いいよ」
「……ラプラス!」
ソロが呼ぶと、忠臣たる魔導生物は馬の姿でやってきた。乗れ、と合図されたので、ミソラはソロとともに乗り込む。
行く先は聞かない。どこでもついていく気だったし、何よりソロが危険な場所には連れて行かないと信じていたから。
国境を越えたのを確認してから、二人はラプラスから降りる。
どちらからともなく抱き合い、軽く唇を重ねた。
「……何故、オレについてきた」
キスからの第一声がそれだった。
「お前はオレを嫌っているはずだ」
「最初は、ね」
そう。最初は嫌いだった。殴っても殴り足りないくらいの憎しみがあった。だが今は。
「でも、途中から気づいたんだ。セックスもだけど、私と接する時はいつも無理してるって。だから無理しなくていいって寄り添いたくなったの」
「勝手なことを……!」
「そうだよ、勝手だと思うよ」
でもそうしたくなるほど、ソロへの気持ちが膨れ上がっていた。こうして傍にいるだけで胸がはじけそうなくらいに。
「ソロだって、そうでしょ?」
覗き見ると、ソロの顔はいつもの仏頂面……に見えて、少し赤くなっている。まあ、確認しなくても既にあのノート……ソロの日記で、彼の気持ちを確認しているのだけれど。
しかし、今は本人の口からちゃんと聞きたい。無理だとは解っていてもだ。
そんなミソラの気持ちを汲んだのか、ソロが小声で答えた。
「……当たり前だ」