どういうことだろう。
昨日は確かに耐えきれずに意識を失ったはず。それなのに、今手元にはブライの鍵がある。ラプラスが説得して鍵を握らせたのだろうか。
何がともあれ、これでブライが不在の間に彼の部屋に入ることが出来る。ミソラは早速今日から調べようと決め、鍵を握りしめた。
ミソラはいつもの掃除を手早く済ませ、ラプラスの目を盗んでブライの部屋に忍び込んだ。
真っ先に本棚に飛びつき、昨日開いた本を手に取る。付箋は相変わらずついたままだ。
(時間は……まだある)
念のために今の時間を確認し、ブライが帰ってくる時間と合わせて調べる時間を割り出す。とりあえず、一時間は余裕があると踏み、ミソラは本を開いた。
『古代民族の中で、ムー民族は特に謎が多い。遺跡や遺産はぽつぽつと見られるものの、その民族自体は何故か情報が少ないのである』
付箋が貼られていたページは、その一文から始まっていた。
ムー民族。聞いたことのない民族だ。気になって続きを読んでいく。
『数少ない情報として、魔力の流れをその目で読み取り魔法の上位互換でもある魔導を操るという特徴がある。それゆえ、戦争においてたった一人のムー民族が、敵の一部隊を撤退させたという信じにくい伝説もあるほどだ』
「魔導……」
ミソラの脳裏に浮かんだのは、魔導生物であるラプラス。そういえばラプラスはそこらにいる魔導生物とは違い、かなり人間に近い。ブライの地位がそれだけ高いのだと思っていたが、本当は違う理由ではないだろうか。
とりあえず考えるのは一旦やめて、続きを見ていく。
『ムー民族の情報が少ない理由の一つとして、民族の子孫らしき存在が見つからないということもある。無理もない。書いてきたことが事実であるなら、国が全力でその子孫を手に入れようとするだろう。
そして一般人から見れば、そのような強い存在は、異端として排除されることが多いからだ』
つらい人生だな、と半ば他人事のように思って読んでいたが、次のページでその手が止まる。
『ムー民族の遺跡から発掘された装飾品の数々』と書かれたそのページは、タイトル通り遺跡から発掘されたであろう物が並んでいた。壺や皿などの家具はともかく、目を奪われたのは次の写真に載っていた装飾品だった。
装飾品の一つに刻まれていたマークが、ペンダントトップのそれとほとんど同じだったのだ。
どういうことだろう。
朝の疑問の言葉が再び頭を占める。
倉庫で見つけ出したペンダントをポケットから出し、装飾品の写真と見比べてみる。細かな部分は違うが、やはりよく似ていた。
(ブライの痣にも似ている……と言うことは)
ブライがそのムー民族の子孫だとすれば、本の付箋やラプラスにも説明がつく。
――オレの民族なら誰でもあるらしいがな
聞いた時は違和感しかなかったが、この本の通りなら納得できる。ブライはいまだ、同じ民族の人間に出会ったことがないのだ。
となると、ブライがディーラーに属するのは同じ民族の人間を探すためだろうか。
(もしそうだとしたら、ブライはディーラーに忠誠を誓ってるってわけじゃないよね)
話次第では、ディーラーを抜けてくれるかもしれない。ミソラはそう思った。
今までブライに散々犯されたのに、何故か彼の事を悪く思えない。本当の悪人とは到底思えない何かがあるのだ。許せないとまで思っているはずなのに。
もっと話を聞きたい。もし話の内容次第では、力になるのもやぶさかではないと思った。
とりあえずムー民族紹介のページに内容を頭に叩き込み、本を本棚に戻す。時間は……まだ少しだけ余裕があった。
ダメ元で机に近づく。引き出しに鍵がかかってなければ、そこも調べてみたかった。机の引き出しは四つ。そのうち一つは、鍵穴がついていた。
まずは鍵のかかっていない引き出しを開けてみる。あるのは文房具などの小物と、書類の束ぐらいだった。たまに早く帰ってきて事務作業をしていたのを思い出す。
最後は鍵穴がついている引き出し。手をかけてみたが、やはり鍵がかかっていた。
「やっぱりダメか」
ピッキングでも覚えておけばよかった、と冗談交じりに言う。当然誰も反応しなかったが。
と。
どぉぉぉぉぉん!!
「きゃあっ!」
近くで爆発音が聞こえたかと思うと、屋敷が大きく揺れた。
窓の方を見ると、外の方は何か起きたようには見えない。敵はピンポイントでここを狙ったようだ。いったい誰が、と思う前に身体はドアの方へと走っていた。
部屋の外に出て、律義にも鍵をかけていた時に、後ろから声をかけられた。
「お前、絆の歌姫 か?」
「え?」
振り向くと、そこにはディーラー軍兵士が二人いた。今のミソラにとっては味方なのだろうが、ぎらついた目がそう思わせなかった。
「おい、こりゃ俺たち運がいいぞ」
「ちょうどいいな、歌姫様の身体をじっくり味わわせてもらおうぜ」
男たちがミソラの手を強引につかむ。唐突なので一瞬戸惑ったが、男たちのにやにやといやらしい笑いで何をするつもりなのかを察した。察してしまった。
「やめて、離して!」
「はははっ! 気が強いのもいいもんだなぁ!」
「ミーティアの歌姫と一発ヤレるなんて滅多にねぇからな! がっつり楽しませてもらうぜぇ!!」
兵士の一人がミソラのブラウスをつかんだかと思うと、力任せに引きちぎる。柔らかな胸がこぼれ出たことで、兵士たちが下品な口笛を吹く。
むき出しの胸を力任せに揉まれた。いつもブライにやられる事なのに、快感よりも嫌悪感と痛みが上回った。
「や、やめ……」
「ぎゃはははは! こいつぁ最高だ! 形を変えやがるぞ!」
「マジかよ! じゃあ俺は味を……」
兵士の一人がミソラの胸に顔を近づけようとした瞬間。
ずいっ
見覚えのない大剣が、ミソラと兵士の間に割り込んだ。
「「ひっ……」」
凍り付く男たち。不審に思ったミソラが大剣の持ち主に目を向けると、そこにはブライがいた。
「ぶ、ブライ……!」
「わざわざ屋敷を襲撃してまでやることは、使用人に暴行か。つくづく屑だな」
「い、いや、だってこの女は……」
「『この女は』、何だ?」
ブライの視線がさらに鋭く冷たくなる。普段見せないその目に、ミソラは思わず悲鳴を飲み込んでしまった。
ミソラですらそうなのだから、兵士たちの恐怖はさらに大きかったことだろう。がたがたと震えてミソラから離れた。
兵士の一人が口を開く。
「ここここの女は、いずれ誰々に渡すとか言ってたらしいじゃねぇか! だ、だったら俺たちが楽しんでも……」
「貴様らに渡すとは一言も言っていない」
「け、けどさぁ!」
「くどい!」
大剣を軽く動かすと、兵士たちは転がるように屋敷から飛び出していった。
後に残るのはへなへなとへたり込んだミソラと剣をしまった(魔導による剣のようだ)ブライのみ。
呼吸を整えているうちに、先ほどのブライの言葉が頭に蘇ってきた。
(誰々に渡す? ブライは褒美として私をもらったんじゃないの??)
解らなくなってきた。
毎晩自分を抱いているのは、いずれ自分を誰かに渡すから思い切り楽しんでおこうという腹積もりなのだろうか。
だとしたら、自分の最終的な「主」は誰になるのだろう?
単純に考えればディーラー王だろうが、だったら最初から自分を褒美として求めるだろうか。それとも、一時的に「借りる」というかたちの褒美だったのだろうか。
解らない。
「あの……」
とりあえず声をかけてみると、ブライはミソラを一瞥してすぐに抱き上げた。
「きゃあっ!」
「貴様の部屋に行くぞ」
……つまり、今夜は自分の部屋でセックス漬けと言うことだろうか。結局は自分を襲った兵士たちと同じか、と思わず呆れてしまうが。
「そこで少し話してやる」
「え……?」
次の言葉に思わず首をかしげる。話す、とは何のことだろうか。
「聞きたいことがあるのだろう?」
「あ」
どうやらブライ本人も話さないといけないと思ったらしい。ミソラは抱きかかえられたまま、何から聞こうか考えるのであった。
当然のことだが。
「や、やっぱするの?」
「当然だ。耐えれば答えてやる」
「や、やっぱりぃ……は……ぁッ♡」