グランネストが艦長をするという話は、すぐに同じ合成人間であるブビットやジャゴンボにも伝えられた。
「ネスが艦長やるって事は……」
「俺たちも、その艦に移るのかな」
顔を見合わせる二人。前なら「ついて行く!」と即決だったが、今は何となく顔を見合わせてしまう。
グランネストが艦長代理になってから、三人で行動することも少なくなった。本格的に艦長をやるとしたら、もうほとんど一緒にいられないだろう。
そうしたら、自分たちはどうするべきだろう。忙しくなるであろうグランネストの後を追うか、ここでそれぞれの道を行くか。
「どうしようか」
ジャゴンボの言葉に、ブビットは返せる言葉がない。
いつも三人で行動してきた。グランネストが連れて行かれた時も、二人で助けに行ったのだ。そんな自分たちに、ばらばらになるという選択肢は恐ろしすぎた。
「父ちゃんは……きっと『好きにしろ』って言うっスね」
「てか、親父はネスの艦に乗らないらしいし」
彼らの父親であるディアキグは、ロウシェンを連れてジオライト星で研究に没頭するらしい。自分たちを残したのは、「もう研究素材ではない」との事だ。
父親もいない。グランネストもいない。そんな艦で、自分たちは大丈夫なのか。……答えは否。
「……一緒に行くか」
「そうっスね……」
半ば流されるような形だが、二人はグランネストの後を追うことを決めた。
これからどうなるか解らないが、少なくともここに残るよりかはマシなように思える。グランネストの方も邪険にすることはないはずだ。
自分たちは一人じゃだめだし、二人でも不安定。結局、三人は三人でないといけないのだ。
メタモアークは特務部隊と言うのもあって、民間の協力者も少なからず存在する。
彼らに対し、クレスは艦を降りるか残るか決めて報告するよう命じてある。艦長権限でも、彼らを強制的に残すことも降ろすこともできないからだ。
その民間協力者の一人、ベルティヒは食堂で艦を降りるか残るかのアンケート用紙を見ていた。
「艦を降りる、か……」
「お前さんたちはどうするんじゃ?」
同じ民間協力者であるヴォルドンが、お茶をすすりつつ訊ねる。ちなみに彼は既に「艦を降りる」で提出済みだ。
ベルティヒの方は……今も迷っている。
自分が手掛けているメタモアークから降りるのは惜しいが、このまま軍の一員になるのも抵抗がある。それに今更降りても、仕事にありつけるかどうか。
色々考えていると、ソーテルがやって来て隣に座った。その手にアンケート用紙は握られていない。
「お前、もう決めたのか?」
「ああ。俺も降りる」
あっさりとした返事が来た。
残るのは、いまだに用紙を持ったままのベルティヒのみだ。このまま残るか、それとも降りるか。
「ま、締切まで時間はあるからの。ゆっくり決めるがええ」
ヴォルドンがフォローしてくれたが、即断即決が信条なベルティヒとしては、この状況はいらいらしてくる。こうなったら鉛筆でも転がして決めるか。
もう一度、アンケート用紙を見てみる。
内容は単純に「艦を降りるか否か」である。長々しい文章がないのは、読みやすさや理解しやすさを優先したからだろう。
「『なお、道中で得た連絡ルートを取り上げる事はありません』……」
最後に付け加えられていた文章。
他の文章は全て機械で打たれたものだが、ここだけは明らかに人の手による筆跡だった。忘れた部分なのだろうか。
いや、違う。ここは彼自身が自らの意思で付けた部分だろう。全ての絆を断ち切るような書き方ではなく、残していく書き方。
……そんなクレスの思いやりが、じわじわと沁みてきた。
数分後、クレスにアンケートを渡すベルティヒの姿があった。
軍属のレザリー、アネッセ、レグはそれぞればらばらになった。
レグはスカウトを受けたのでグランネストが艦長を務める艦に異動だが、レザリーとアネッセはこのまま残る事になった。
彼女らにとって艦を降りる事は軍を辞める事だったし、どこかからスカウトされたわけでもない。ここに残るのは極めて当然だった。
「で、結局何人ここに残るんだい?」
りんごを向きながら、アネッセが訊ねる。その質問に答えたのは、遅めの昼食を取っていたレグだ。
「とりあえず艦長、副長、オペレーターの3人、ビュウブームとアナサジとラスタルの8人だな」
「フィア大尉は? あの人はファイアムに戻るのかしら?」
紅茶を飲んでいたレザリーが会話に混じる。
振られたレグは首をかしげた。出した8人は人づてから聞いたり本人から直接教えてもらっただけなので、クルー全員の進路を知っているわけではない。
「サーレイなら知ってるんじゃねぇか?」
「あー……」
アネッセがうなずいた。その隣で、レザリーが目を瞬かせていた。
「意外とあっちに移る人がいないのね」
あっちの艦長曰く、オペレーターなどの基本スタッフはほとんどそろっているらしい。足りないのは整備員と戦闘要員ぐらいのようだ。
アネッセは向き終わったりんごを8つに割る。皿に盛りつけてから、ふと思い出したようにレグの方に視線を向けた。
「そういやあんた、このまま軍に残るのかい?」
「ん?」
聞かれてようやく思い出した。
人に向ける武器を作るのが嫌で、コロニオンを出た事。そして連合軍でひたすら対メテオ・コメット用の兵器を作り続けていた事。
だが、コメットの元であるメテオスはもうない。メテオは降るかも知れないが、今までのように慌てて対処するほどではなくなるかも知れない。
となると、軍に残る理由はもうないと言えばない。今後作られるのは対人用の武器だろうし、自分もそうするよう命じられるだろう。
何故だろう。今はそれに対して抵抗がない。人を撃つことに慣れたわけでもないのに、何故か何とも思わなくなったのだ。
感覚がマヒしたわけではない。ただ、受け入れられるようになったのだ。
メテオスを貫いたあの銀河巨大フォーク。あれが、自分にとってのターニングポイントになったのかも知れない。
「……ま、実家にゃ戻らないが、軍には残るさ」
レグが遠くに視線を向ける。
煙草に手を出したかったが、アネッセがいい顔をしそうにないのでやめた。
「妥当ね。私たちもそうだし」
レザリーがぽつんと呟いた。
さて、話題になっていたフィアはと言うと。
「……なるほど。本部に戻ると」
「はい」
進路を決め、フォブとクレスに報告していた。
フィアは連合軍本部に戻り、そこで改めて軍師として経験を積む道を選んだ。
過去に拘る事はやめた。だから、密かに考えていた「己の実力を磨く」事に専念することにしたのだ。
「行く先は決まってるのか?」
「ええ。幸い、戦術研究部がすぐに引き取り手に立候補してくれましたから」
「ほう……」
フォブが感心の息をつく。
「連合軍本部の研究部は、かなり本格的で有名ですな。そこが立候補したと言うことは、相当期待されていると言う事です」
フィアもうなずいた。
フォブの言った事は、研究部がフィアを引き取ると言いだした時に直接言われたことだ。おそらく、特務部隊の時の経験を高く買われたのだろう。
正直、そこに行って上手くやれる自信はない。それどころか、打ちのめされて挫折する可能性の方が高い。
それでもフィアは行く事を決めた。そこに行く事が、自分にとっていい事だと思ったからだ。
無論、ファイアムに戻る道もあった。今だファイアムは人手を欲しており、フィアにも「戻ってきてほしい」というメールはちょくちょく来ていた。
それに対して、フィアの答えは常に一つだった。
「……そう言えば、ファイアムには戻らないのか?」
クレスもその点に気づいたのか、フィアに訊ねてくる。それに対するフィアの答えは「いいえ」だった。
一生、と言うほどではないが、ファイアムに戻る気はない。しばらくはジオライト星で、じっくりと戦術研究に励むつもりだ。
戻りたくないわけでもない。戻れないわけでもない。ただ、「戻る」気がないだけだ。
いつかは戻ろうと思う。その時は、死んだ仲間たちに花を手向けよう。だが今は、自分の未来を進みたい。
「帰ろうと思えばいつでも帰れますから」
我ながらよくあるセリフだと思うが、心境をまとめるならこの一言がふさわしい気がした。