シャトルがメテオスに向かって飛んでいく姿は、メタモアークブリッジからでもよく見えた。
肉眼でそれを見送ったネスは、隣に置かれたメタモライトに視線を移し、祈る。
(兄様、どうかご無事で!)
蒸し暑いな、と言うのが最初の感想だった。
灼熱の惑星に防護服装備で来たのだから当たり前だが、フィアにとってそれが大事な事のように思えた。
過去に飛ばされた時、地球はとても暖かかった。ジオライト星のように、温暖な気候で自然も美しかった。
それが今は、草木も生えない灼熱の惑星。それだけ、地球の変質が激しかったのだろう。
「ここから二手に分かれましょう」
後ろからヒュペリオンが提案してきた。反対する理由もないので、ここで直接攻撃班と爆弾設置班に分かれる事にした。
直接攻撃班はOREANAとイシュタル、アナサジの代わりのカナ。残るフィアやヒュペリオン達は爆弾設置班だ。
「それでは、行ってきます」
リーダーポジについているOREANAが、代表してフィア達に向かって敬礼する。フィア達の方もそろって敬礼を返した。
「無理はしないように」
「守れないと思うけどね」
ヒュペリオンの送り言葉に対し、イシュタルが気だるげに返した。確かに、この先の事を考えれば「無理をするな」と言われても守れないだろう。
それでも、無理をし過ぎて誰かがいなくなるなんて事はあってほしくない。それは全員の共通の願いだった。
奥へと進んでいく直接攻撃班を見送ってから、爆弾設置班も動き出す。
「……そう言えば」
最初の爆弾設置ポイントに向かう間、ふと浮かんだ疑問を口にしてみる。
「貴方、何でこっちに志願したの?」
疑問を向けた相手はヒュペリオンだった。七賢は必ずどちらかの班に行く事に決まった時、彼は真っ先にこの爆弾設置班に志願したのだ。
実は志願時にもこの質問をしたのだが、その時は「自分は戦闘力が低い」と答えてきた。ヤルダバオトやヘルモーズの事を考えれば当然か、と当時は納得した。
だが、今はその答えが全てではないと理解できる。彼は、自分と同じ何かがある。
問いを向けられたヒュペリオンは、軽く眼鏡を押し上げてから上を見る。その仕草は、こことは違う空を見上げているかのようだった。
「私にも、全てを見届ける権利があるんですよ」
――ああ、やっぱり。
フィアはそれだけで納得した。やはり彼は、私たちと同じだ。
敵が内部に侵入した事は、リリスにはすぐに解った。
即座に内部スキャンをして敵を調べ上げる。敵は内部を回る班とコアを目指す班に分かれ、メテオス破壊を狙うようだ。
内部を回る班にオリジナルの地球星人がいるのには驚きだが、それよりも気を引いたのはコアを目指す班にいるジェネシスシリーズに似たアンドロイドだった。
デザインも骨格も自分の作った物とは大きく違うが、中に搭載されたレアメタルとそれを利用したエネルギー循環システム。
どうやら、これを作った者はある程度ジェネシスシリーズを解析できたらしい。さすがに永い時が過ぎれば、自分の作った物を解析できる者も現れるということか。
(……いや)
リリスは首を横に振る。
コアを目指す班の中には、あのメタモライトの使者もいるようだ。彼ならレアメタルやジェネシスシリーズの事を知っているかも知れない。
どちらにしても、実力がどうかは自分の目で見定めるべきだろう。リリスはそっと手をかざした。
かざした手の先の地面が盛り上がり、人の形を成す。外で暴れているヒトガタとは違う、リリスの『人形』。TELOSに比べればかなり力が劣るが、敵を迎撃するには十分だろう。
そして、コア内部と通路を隔てる壁が破壊された。通路の向こうから、3つの人影が飛び込んでくる。アンドロイドに七賢にメタモライトの使者。
3人の内、武器を構えたのは1人のみ――リリスが興味を引いたあのアンドロイドだけだった。
「来ましたね」
一触即発の空気の中、口を開いたのはリリスの方だった。リリスの言葉に反応して、メタモライトの使者が一歩前に出た。
「地球を、終わらせに来たよ」
「終わらせません」
メタモライトの使者の言葉を切って捨てた。地球は終わっていない。こうして自分らがいるのがその証拠なのだ。
だから、止めに来た者は全て潰す。例えそれが気になったものであっても、邪魔をするなら潰すべき敵だ。
リリスは手を大きく振る。その手を受け、『人形』が動き出した。
『人形』が銃を構えたのを見て、敵はばっと散開した。メタモライトの使者の動きがぎこちないのは、戦闘慣れしていないからだろう。
七賢とアンドロイドの視線は、『人形』に向いていた。明らかに戦闘用と見れ取れる『人形』を潰して、こっちを抑えやすくするつもりか。
甘い考えだ、とリリスは内心嘲笑う。
くい、と指を軽く上げると、その指の動きに合わせて地面が盛り上がった。手の形をしたそれは、七賢の足を掴む。
「え!?」
足を掴まれた七賢が大きく転ぶ。アンドロイドは一瞬そっちに気を取られて、こっちから視線を逸らした。そしてそれは、こっちにとっての隙になる。
『人形』が左腕をうならせて、アンドロイドの右腕を狙う。狙いは銃だ。
「くっ!」
アンドロイドの持つ銃が二丁拳銃になり、『人形』を迎撃した。さすがにそれは想像していなかったので、『人形』はまともにそれを食らう。
無論、その程度でやられる『人形』ではない。リリスが指を鳴らすと、破損した部分を再生させた。
「地面がある限り、無限に再生出来ると言うわけね」
「とはいえ、地面を引きはがすのは非効率です」
「時間もないしね。じゃあ……」
一旦引いた3人が何か相談しているのが聞こえてきた。さすがに内容全ては聞き取れないが、どうにかして『人形』か自分を倒す方法を考えているようだ。
内容は気になるが、それより先に攻撃すべきと判断し、『人形』をけしかける。合わせて手を叩いて、3人の足元の地面を大きく隆起させた。
ぎりぎりの所で相談がまとまったらしく、3人がまた散開する。ただ、今回はメタモライトの使者が前に出ていた。
前に出たメタモライトの使者は、ふわふわとした足取りでこっちに向かってくる。『人形』がそれを捕まえようと動くが、それらを全て避けていった。
霊体に近い存在であるメタモライトの使者を捕まえるのは難しい。なるほど、上手い事を考えたとリリスは感心した。
『人形』がメタモライトの使者相手に手間取っている隙を突き、アンドロイドと七賢がこっちに飛び込んでくる。さすがに2人を相手にするのは厳しいので、いったん退く。
手を振って壁を作るのと同時に、『人形』にアンドロイドと人形の相手をするように命じる。壁はそれほど固くないが、『人形』を相手にしつつ破壊するのは難しいはずだ。
ただ、物理的な壁はこっちの視界を大きくさえぎる。リリスは今、『人形』と3人がどうしているのかは解らない状態だった。
さすがに何も見えないのは少しまずいので、すぐに壁を引っ込める。目に飛び込んできたのは、『人形』と3人が戦っている光景だった。
様子を見るに、3人は『人形』に対して決定打が与えられていないようだ。細かなダメージは与えられているようだが、決定打になる前に再生されている。
こちらも援護しようと手を振ろうとした瞬間、アンドロイドがこっちを向いた。
「!?」
こっちが出るのを待っていたのだと理解する前に、感覚が急に鈍っていく。おそらく、アンドロイドがレアメタルの力を解放したのだろう。
となると、次に来るのは……。
ばんっ!
銃声が響くが、それだけだった。
エネルギー弾は撃たれることを予測していたリリスの手に弾かれ、『人形』が発砲後の隙をついてアンドロイドを襲う。
「ぐっ!」
このようなカウンターは予想していなかったのか、アンドロイドの躯体が大きく揺らぐ。その反応を見て、リリスは落胆のため息をついた。
反応が遅すぎる。
レアメタルの力に頼りすぎて、自身の性能を出し切れていない。……そもそも、戦闘慣れしていないリリスですら行動が予測できるのは問題があり過ぎる。
TELOSはもちろん、ジェネシスシリーズでもこのくらいは軽く反撃できるほどの性能を持たせてある。レアメタルはあくまでエネルギー循環ツールであり、メインではないのだ。
……期待外れだった。
どのくらい解析できたかと興味津々だったが、結局はレアメタルの力に頼り切っただけの機体だった。この程度、レアメタルさえあれば誰でもできる。
やはり、あのTELOSを超えられる機体はもう生まれる事はないと言うことか。どれだけ待っても自分を超える技術者はいなかった。それがリリスを落胆させた。
――それが、大きな隙になった。
二度目の銃声が鳴った瞬間、頭に凄まじい激痛が走った。
視界が赤く染まっていく中で銃弾の元をたどると、アンドロイドがもう一度発砲していた。あれを抑えていた『人形』は……七賢によって首を跳ね飛ばされていた。
何故?
どうして?
いつの間に?
滑り落ちるように薄れていく意識の中、ただ「何故」だけが最期まで思考を占めていた。
驕りと驕慢が招いた隙を突かれたのだと気づかぬまま、リリスの命は完全に消えた。