担いだキャノン砲は、ずしりと重かった。メタモアークの主砲と同じなのだから、無理もない。
それでもアナサジにとって、その重みは苦痛ではない。もともと重い物をたくさん持てるほどの力持ちだったし、グランネストたちの協力でキャノン砲の重量はかなり軽くなっている。
しかし、今アナサジの負担になっているのは重さではない。
『エネルギーチャージ、70%を超えました』
「ま、まだまだぁ!」
自分の体内を走るエネルギーが、どんどん大きくなっていく。危うく膝をつきそうになったが、足を踏ん張らせてこらえた。
膨大な量のエネルギーは、間違いなくアナサジに大きな負担を与えていた。フレームや砲身などが分担して受け持っているものの、それでも彼女にはきつい。
だが、泣き言を言うわけにはいかない。スマート爆弾がない以上、メテオスの外壁に穴を開けられるのはこれくらいしかないのだ。
テスト時は30%ぐらいだった。今回はそれの何倍も絞り出さなければならない。
(100%じゃ足りない。もっと、もっと!)
ぐんぐん上がっていくチャージ率。比例してのしかかる負担。過負荷で視界にノイズが入る中、アナサジはただひたすらエネルギーチャージに集中する。
考えることはただ一つ――メテオスの外壁に、穴を開ける。
そして。
『エネルギーチャージ率、120%オーバー!』
「よし!」
スターリアの宣言を聞いて、アナサジは砲身をメテオスに向ける。1つ減って2つになったメテオス。先に進む方か、それとも後ろにつく方か。
ターゲットロックしないまま悩んでいる暇はない。エネルギーは既に暴発寸前で、今発射しなければ確実に自爆するだろう。前か、後ろか。
「……ええい、どっちでもいいや!」
最後の最後でアバウトな性格が出た。どっちでもいいから、とにかく当たればいい。考えるのはその後だ。
揺れる照準が、完全に固定された。
「カルネージ、発射ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
「うっ……!」
強力な一撃を受け、リリスは大きくよろめいた。
この揺れ具合からするに、おそらく外壁をかなり削られただろう。内部への道が開かれてしまったことになる。
まさか、こんな事になるとは。
スマート爆弾がなくなった以上、メテオスの外壁を砕く一撃はないと踏んでいた。どれだけメテオをぶつけられようとも、何の支障もないと計算していた。
それがまさか、単純に超強力なレーザービームをぶつけてくるとは予想だにしていなかったのだ。
しかし二回目はないだろう。あれだけの一撃、そう何度も撃てるわけがない。リリスはそう判断した。
(マスター・リリス。大丈夫か)
ちょうどタイミングよく、TELOSが通信してきた。あの一撃はリリスのメテオスを狙ったので、TELOSのメテオスは無傷だ。
(貴方は、先に行きなさい)
(……)
(行きなさい)
ややためらうような沈黙のTELOSに対し、リリスは強く命じる。
自分がやられても、TELOSがいるなら使命は完遂される。それだけの実力が、TELOSとメテオスにはあるのだ。
そうだ。TELOSにはそれだけの実力がある。今でも、TELOSを超える存在がいないのだ。彼を止められる者はいないだろう。
――そう、超える存在はいないのだ。
地球にいたころに始まった「戦闘機人」計画。そのプロトタイプとして生み出されたのが、TELOSだ。
プロトタイプ故、量産時のコストなどは全て度外視し、性能のみを追求した。その結果、当初の予想を遥かに上回る存在となった。。
全ての兵器をあっさりといなして見せた姿を見た時、リリスの心にあったのは、最強の存在を生み出せた高揚と最強の存在を生み出してしまった諦観。
その後、少ないながらも様々な戦闘機人が生み出されたが、どれも彼を超えるものになれなかった。彼は最初にして最強の戦闘機人となってしまったのだ。
TELOSの後継者を作るために立ち上げたプロジェクトでも、結局それにふさわしい存在は作れなかった。もうあれを超えることはできないのだ。
(……そう言えば)
ふと思い出す。自分を狙う敵の中に、廃棄した01と32がいる。
彼らは既に自分をマスターとは思わないだろう。自らの意志で、自分たちに反逆した。怒られるかもしれないが、リリスにとってそれは嬉しい事でもあった。
どれだけ戦闘力を上げても、自らの意志で動かないのなら、それはただの人形だ。TELOSが最高傑作だと言えるのは、彼もまた確固とした意志を持つからだ。
二人のジェネシスナンバーは、どのような人生を歩んできたのだろう。そして、どのような意志を持ったのだろう。
もしこのような立場でなければ、是非ともゆっくりと話をしてみたい。できれば、彼らを変えた者たちとも……。
(先に行く)
短い宣言の後、TELOSのメテオスがゆっくりと動き出す。リリスはそれを見送って、大きく息をついた。
外壁がなくなった以上、敵は間違いなくここに来るだろう。排除して、後を追わなくてはならない。
“カルネージ”の一撃は、左側のメテオスの外壁に大きな穴を開けた。だが、それはアナサジの戦線離脱をも意味していた。
あの一撃に、メタモアークだけでなく自分のエネルギーも使ったのだ。もはやこの戦闘中に復帰することは不可能だろう。
アナサジの抜けた穴。それを埋める代役として立候補したのは、意外にもカナだった。
「貴方、戦えるの?」
『全然。でも、メテオスの中の案内くらいなら多分出来るよ。それに、行かないといけないってのは解ってるでしょ?』
幻影の少年がにかっと笑う。カナ自身は地球星人ではないが、メタモライトに宿る地球星人の魂が彼にメテオスとの決着を託しているようだ。
ちなみにメタモライトは、ニコがブリッジに運んでいる。これにより、戦域内で行けない所はほぼないらしい。
『地球を完全に終わらせるためにも、メテオスは破壊しないといけない。でも彼らは、それを認めたくないんだ。
ジオライト星を破壊した後、地球を再生させるのかまでは解らないけどね』
「地球の再生? そんな事できるの?」
「理論上では、可能ですよ」
ヒュペリオンがフィアの問いに答える形で割り込んできた。カナがそっちの方に顔を向ける。
『惑星再生レシピだね。さすがにそれは知ってたか』
「ええ」
ヒュペリオンは眼鏡をくいっと上げてうなずくが、フィアは首をかしげるしかない。
カナは最初首を傾げかけたが、連合軍は知らないことに気づいたらしく、いたずらっぽい笑みを浮かべて説明した。
『メテオはメテオスの体内からか、星を破壊することで生まれる。逆に言えば、星の要素を全て含んでいるってこと。
だから一定の量を組み合わせれば、何でも作り出せる。それこそ、惑星を生み出すことだって可能なんだ』
……絶句するフィア。
確かに、メテオを方程式に則って融合する事で物質などを合成できる事は知られている。だが、その合成できるモノに惑星まで含まれているとは思わなかった。
メテオスが星を破壊するのは、かつての故郷を甦らせるためなのだろうか。
「私たちがそれを知ったのは、ヨグ=ソトースが気づいたからですね。さすが大長老と言うべきでしょうか?」
「大長老? あんなに小さいのに?」
また首をかしげるフィアに、ヒュペリオンはわざとらしく肩をすくめた。
「まだ代替わりしてないから、私たちの中では最年長ですよ。おそらく1万年ぐらいは生きてるかと」
「嘘!?」
ヨグ=ソトースの外見を思い出して、また絶句するフィア。やはり七賢にとって、見た目の年齢と実際の年齢はイコールではないということか。
驚くフィアをよそに、ヒュペリオンは「それはさておき」と話を続ける。
「私たちがメテオを狙っていたのは、主に破壊された惑星の再生だったんですよ。全ての星とまでは言えませんが、ある程度ならレシピは把握しています」
七賢はメテオスが出てしばらくしてからレシピの存在に気づき、メテオ回収のために動き出した。
そのレシピを追う中で、メテオスの鍵となりそうな存在――ジェネシスシリーズやレアメタルを知り、目的を切り替えたのだ。
メタモアークを狙ったのも、いずれはメテオスに繋がると確信していたため。ヒュペリオンはそう説明した。
「メテオスが砕いた惑星はいくつか再生できたのですが、それでも地球再生のレシピは見つかりませんでした。
さすがにメテオスが存在する以上、そのレシピは存在しない……と言ったところなんでしょう」
『そういうこと』
カナが静かに言う。
『破壊されていない星を再生するなんて、できるわけないんだから』
カナの参加に対し、おおっぴらに反対する者はいなかった。
ただ、フィアと同じく戦えるのか疑問にもつ者は多く、それらに対して「カナは七賢みたいなもの」とだけ説明した。かなり大げさな説明だが、これで誤魔化すしかない。
爆弾設置班とカナを乗せたシャトルは、仲間たちの援護を受けながらメテオスを目指して飛んだ。