METEOS・67

 ヨグ=ソトースがメテオを持ち上げると、そこには潰れたコアあった。さすがにいきなりの超重量には耐えられなかったようだ。
 そして、アベルにも変化が起きた。
「あがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
 のどが張り裂けんばかりの悲鳴。あれだけの速さを誇っていた再生能力は、今は全く発動していない。
 それどころか、コアの崩壊と合わせてアベルの体もぼろぼろになっていく。パンドラと同じように、肉は腐り落ち、そのまま風化していった。
 ……ビュウブームは自分の考えが当たっていた事を確信した。

 アベルの驚異的な再生能力。あれはメテオスのコアと同化していたからできた事だった。

 あの再生能力は、ミューテーションの力だけとは説明しきれないところがあった。もっと別の力があって、初めて成せる力だったのだ。
 アベルがコアと一体化したことにより、このエリアそのものがアベルとなった。コアが生き続ける限り、アベルに死はない。
 ただ、この方法には一つの問題点もあった。
 エリア全てがアベルと言うことは、エリアを傷つけることはアベル本体を傷つけることに等しい。むき出しのままのコアが傷つけば、それは致命傷になりかねない。
 そのため、アベルは元の体を端末としてそのまま残した。端末がアベルのふりをすれば、侵入者はそれこそがアベルの本体と思い込んでくれる。
 実際、ビュウブーム達もその端末こそがアベルだと思い込んでいた。あれの隣にあるコアは、「メテオスのコア」でしかないと思ってしまったのだ。
 勘違いに気付いたのは、攻撃をくらって壁に当たった時。あの違和感で、このエリアは生きているのではと考えたのだ。
 生物じみたエリアと驚異的な再生能力。この2つが重なった時、初めてアベル=コアだと気づいた。そしてその考えが正しいと信じて、行動に移したのだ。
 ……そして、それは成功した。
 地球星人アベルは死に、コアは破壊された。自分たちの使命は、これで終わりだ。
「はぁぁ~~……」
 ようやく肩の荷が下りた事を感じ、ビュウブームは深々と安堵の息をつく。そんな彼を、ヨグ=ソトースがぽんぽんと軽く叩いた。
 ヘルモーズの方はと言うと。
「……」
 彼はアベルがいた所を、黙って見ていた。話しかけるのもためらわれたが、状況がそっとしておかなかった。
 どこかで爆音が聞こえたかと思うと、ぐらりと地面が大きく揺らぐ。コアが破壊されたことで、メテオスが崩壊していくのだろう。
「脱出するぜ!」
 ビュウブームが二人を促して飛ぼうとするが、ウイングが大きく開かない。先ほどの戦闘のダメージと、周りの超高温が原因だった。
 慌ててヨグ=ソトースが氷メテオでコーティングするが、破損しているパーツがある以上、飛ぶ事はおそらく無理だろう。となると、走って脱出するしかない。
 だが、間に合うだろうか。
 コアがどの位置にあっても逃げられるよう、爆弾の起動はメタモアークに委ねられているし、時間も余裕がある。しかし爆音が聞こえた以上、のんびりしていられない。
 走って間に合うか……それは運次第だ。
 それでも文句は言ってられない。ビュウブームはふらつく体と戦いつつ、何とか全力で走りだそうとするが。

 ――……き……さい

「!?」
 何かが、聞こえた。
 センサーが捉えたと言うより、「心」が捉えた。

 ――い……さい……

 七賢の方を見るが、彼らはそろって首をかしげてこっちを見るだけ。どうも聞こえているのはビュウブームだけらしい。
 ……と言うことは。
(レアメタル!?)
 食い込んだ辺りをそっとなでる。あの時落ちてきたレアメタルは、仲間になれとずっとビュウブームに暗くささやいていた。
 だが今は違う。はっきりと聞き取れないが、声は間違いなくこう言っていた。

 ――いきなさい

 それが「行きなさい」なのか、「生きなさい」なのかは解らない。
 ただ、ビュウブームにはその言葉が、レアメタル――地球星人の本当の言葉のように思えたのだ。

 ――いきなさい

「ああ……いくさ」
 行って、生きるさ。
 ビュウブームはそう一人ごちた。

 何もない場所――空間だった。
 感じられるのは、自分だけ。その自分も、あやふや過ぎていまいちよく解らない。
 ただ、少しずつ何かが抜けていく。それだけははっきりしていた。それは執着か、それとも執念か。それとも妄執か。

 ああ、気持ちいい。

 久しく感じなかった感情だった。今まで自分は何かを追い続けて、こうして安らぐ事がなかった。全てが抜け落ちると、こんな感じになるのだろうか。
 ……しかし、これからどうしようか。
 ふと、浮かぶ疑問。
 確かにここは安らげるが、何もない。何かを始めるにしても終わらせるにしても、何もなさ過ぎるのだ。

 ――いや、始めることはできる。

 ……
 気が付くと、自分の目の前に一人の青年が立っていた。服も髪も目の色も全てが蒼の青年。そんな青年が、自分に話しかけているのだ。

 ――ここには何もない。故に、何かを「用意する」事もできる。
    お前が望むなら、始めることも可能だ。

 始める。
 何と心躍る言葉だろう。
 自分の望むままに、何かを始める。そうして自分の望む未来へと繋がるように努力する。人は皆、そういう風に生きてきたはずだ。
 では、自分は何をしよう。
 ここに留まるのもいい。もしくは、外に出るのもいい。外に出て……もっともっと広い場所に出るのだっていい。
 そうだ。広い場所に出よう。
 ここよりももっともっと広い場所を目指し、旅立ってみよう。
 一人で行くのもいい。だが、誰かがいるならもっといい。
 たくさんの仲間を連れ、もっともっと広い場所へ。
 自分の約束の地へ。

 ――そうか。なら行こう。

 蒼い青年が、笑った。
 自分も――アベル・グローウィンも、釣られて笑った。

 旅立とう。広い場所へ。
 自分の夢見る本当の約束の地を目指して。
 仲間はたくさんいるのだから。

 アベルの意識がまたゆっくりと薄れていく。
 だが、恐怖は感じない。それどころか、逆に安らぎまで感じる。まるで心地よい睡魔に身をゆだねたかのようだ。
 意識を手放す瞬間、何かが心の中をよぎったが、それをはっきりと思い出すことはなかった。思い出す必要性すら、なぜか感じなかった。

 ――メテオスに、変化が起きる。