ぐしゃり
一つ。何かが壊れる。
一つ。何かが壊れる。
一つ。何かが壊れる。
一つ。何かが……。
「おはよう、TELOS。気分はどう?」
錫を転がすような声が、自分をスリープモードから通常待機モードへと移行させる。
「問題ない。おはよう、マスター・リリス」
「いい返事よ」
TELLOSの挨拶に、リリスは柔らかな微笑みを浮かべた。しかし、すぐにその笑みは博士の顔へと変わる。
「スリープモード中に、いくつかノイズらしきものが浮かんでいたけど……何かしら」
「『夢』を見た」
リリスの問いに、TELOSは淀みなく答える。本来なら否定するはずだが、今に限りそれを否定するものは何一つないと判断できた。
「過去のメモリーをダウンロードしただけなのか、それは解らない」
「素晴らしいわ」
TELOSの告白にリリスはうっとりとした顔になる。
「それは貴方の心が、プログラムを超えようとしている証。貴方は、開発者である私の予想をいつもいい意味で裏切る。素敵なことなのよ」
「解らない」
リリスの言葉を、その一言で切って捨てた。彼女の言う事は、たまに理解の範疇を超える。「母親」としての感情らしいが、あいにくTELOSにはそのデータが不足していた。
つっけんどんな自身の作品に対し、リリスはふぅと一つため息をつくが、すぐに表情をいつものものへと切り替えた。
その変化で、TELOSも今後のスケジュールを確認する。宇宙基準時間午前三時一分。そろそろ、時間だ。
愛用の槍を軽く振ると、リリスが淡々と告げた。
「行きましょう。私たちの悲願のために」
六賢のヘルモーズが端末に打ち込んだフレーズに、四賢のアリアンロッドが反応した。
「財団ホームって……大分前になくなったんじゃないの? 私がまだ“あっち”にいた頃に」
「だとしたら、俺がこんな身体になってるかよ」
ヘルモーズがそう言いながら軽くナイフで傷つけた痕は、見る見るうちに塞がれていく。合成人間とも違う異形の技術「ミューテーション」にて得た能力だ。
その改造手術を彼に施したものが、アリアンロッドが口に出した「財団ホーム」である。
かつて大企業の令嬢だった過去を持つアリアンロッドも、一応その名前を知ってはいた。しかし、彼女がこちら側にいたのはそれこそ百年以上前。ヘルモーズとはだいぶ間がある。
「でも何で今さら」
「それは」
「その財団ホームが、今の事件に大きく関係があるかも知れない……。そうでしょう?」
アリアンロッドの問いに答えたのは、彼女らの間に割り込んだ三賢イシュタルだった。
「じけんのくろまくー」
同じようにひょっこりと顔を出した七賢ヨグ=ソトースが、勝手に端末を操作して『財団ホーム』の検索結果を引き出す。見た目は幼児だが、こういう事が出来るくらいには頭がいい。
引き出された情報の中には、財団ホームの表向きな説明がされているページがあった。ヨグ=ソトースがそこをクリックする。
ずらりと並んだ説明文に、四人が群がった。
「一応表向きは『慈善活動をメインに行う財団』とありますのね。スターリアの女神像建築に資金提供したとか……」
「……後、G計画のパトロンになったとあるな」
ヘルモーズが、長文に埋もれかけていた気になる部分を見つけ出した。その文章をイシュタルがなぞる。
「G計画……GEL-GELやヤルダバオトを作った計画ね。あの二人が言うには、最強と言われた戦闘アンドロイド「TELOS」を超える機体を作るプロジェクトだったらしいけど……」
「でも、そのテロスってのもメテオスの一員でしょ? ……あ!」
「ざいだんも、めておすとかんけいがあるってことだね」
ヨグ=ソトースがカーソルを動かして、とある人物の名前をドラッグする。――財団総帥アベル・グローウィン。
「そういやこの総帥も謎なんだよな。名前は出てるけど、絶対に表には出てこないって……」
「……待って」
アリアンロッドがヘルモーズを止める。その顔は、かなり険しい。
「この総帥、私がいた頃と名前も画像も変わってない。いくら延命処置を施されてるとは言え、おかし過ぎるわ」
クリックして出てきた画像は、アベル・グローウィンの写真である。フードで顔全体はよく見えないが、深いしわからするにかなりの高齢だと予想できる。
今の時代だけなら「高齢な総帥だな」だけで終わるだろう。だが、永い時を生きている七賢から見れば、その画像はあまりにも異質過ぎた。
4人の頭にある結論が浮かんだその時、艦内放送が流れた。
メテオス攻略作戦前日。最後のブリーフィング。
すっかり艦長職が板について来たグランネストは、七賢を含む全員を見渡した。
「まず最初に、見てほしいものがあります」
そう言ってスターリアに画像を切り替えさせる。艦長代理の言葉を受け、スターリアが出した画像は5時間前に決死の偵察隊が送ってきたモノだ。
――三つに増えたメテオス。
「「……!」」
予想外の画像に、息を飲む者が続出する。夢で見た姫、予想していたGEL-GEL、ヤルダバオト、ラキ、フィアは表情を険しくしただけだったが。
全員のどよめきが収まったのを見計らい、グランネストは画像を切り替える。今度はメテオスの内部構造らしい。
「どういう技術を使ったか知りませんが、今メテオスは三つ存在しています。つまり、攻撃ターゲットが三つに増えたことになります。
とは言え、チームを三つに分けるくらいで大まかな作戦は変わりません」
グランネストが指したのは、メテオス内部でやや左上……広いエリアのある場所だった。
「メテオスは惑星です。つまり、コアがあるという事です。偵察隊の内部スキャンにより、コアの場所はおそらくここだと予想できました。
ネス達はこのコアを叩くことで、メテオスを完全に破壊します!」
ここで、画像がさっきの三つのメテオスに戻る。ただ、今度は左から赤・青・黄色と色分けされていた。
赤く塗られたメテオスを、グランネストが軽く叩く。
「メテオス内部に直接飛び込むチームは二つ。一つはコアを直接破壊する班、もう一つは指定したエリアに高火力の爆弾を仕掛ける班です。
内部にいるであろう……元地球星人の抵抗を考え、直接破壊班は戦闘アンドロイドチームの皆様と、七賢様から選出しました」
一部分でためらったのは、「彼ら」の呼称に迷ったからであろう。隣で座っていたクレスがこそっとアドバイスしたことで、いつも通りのグランネストに戻った。
作戦の説明は続く。
「爆弾設置班は、直接破壊班と同じく戦闘アンドロイドチームの皆様と七賢様、それから外部を含む志願者から構成してます。
残りは支援班として、メタモアークと一緒に行動します。
外部で戦闘する班は、いつも通りコメットやメテオを撃破し続けてください。メテオスにぶつける形で打ち上げられれば、最良ですね」
支援班に大きく人員を割いているのは、彼らはメテオスの攻撃を引き付ける囮だからである。
カナの情報により、メテオス内部にいる地球星人は三名だと判明している。今現出しているメテオスの数と合わせると、おそらくメテオス一つに地球星人が一人と言う割合だろう。
つまり、彼らの主戦力はメテオやコメット。それらを大きく引き付けるために、メタモアークをはじめとする人員は全て囮となる必要があるのだ。
無論、相手は無限にメテオを生み出せる災厄の惑星。どれだけ大きく引き付けても、内部突入班の危険度は極めて高い。
「メタモアークはメテオ弾やジャミング、内部スキャンによる支援に回ります。当然、ここが墜ちれば帰る場所はなくなりますので、その点は気を付けてくださいね」
いざとなれば艦をぶつけてでも血路を作りますが、とグランネストは内心で付け加えた。何せ相手は強大過ぎる代物。最悪の手段は考えておくべきだ。
「以上で作戦説明はおしまいです。質問はありますか?」
ヤルダバオトが手を挙げたので、グランネストは指名する。
「この作戦に参加するのは、この艦だけなのか?」
「いえ。既に連合軍が最終防衛ラインで部隊を展開しています。ネス達は明日、その混戦内に飛び込む形で参戦、そのまま作戦に移ります」
その質問は予想していたので、よどみなく答える。元々この作戦はネスやクレスだけで考えたのではなく、連合軍のお偉方まで加わっての大相談の末に出た代物だ。
作戦の重要部分を特務部隊一つに任せるのは無謀のようにも思えるが、それだけメタモアークの戦力が一線を画しているとも言える。
ほかに質問は、とグランネストは問うが、手を挙げる者はいない。
これにてブリーフィングは終了、と言うところで、クレスがゆっくりと立ち上がった。
「明日だ。明日で全てが決まる。
今を生きる我々が勝つか、過去に根差してしまった地球星人たちが勝つか……。それは明日を超えてみないと解らない」
ここでいったん息をついてから、全員を見渡してはっきりと言った。
「だからこそ、明日は全てを出し尽くそう」
その一言に反論する者は、一人もいなかった。