METEOS・58

 メテオス襲来までのタイムリミットは2週間。
 現在ありとあらゆるメディアでは、連合軍が対メテオスの準備を整えているというCMをひっきりなしに流しており、人々の不安を幾分か抑えていた。
 上層部から直に命令を受けたメタモアークも、その準備に大わらわだった。

「躯体のバージョンアップ?」
 ラキが上げた今後の予定の一つに、ビュウブームが食いついた。
 その質問は予想していたので、ラキはファイルをウィンドウに上げてビュウブームたちに見せる。
「GEL-GELが修理ついでにバージョンアップしただろ。ちょうどいい機会だし、お前らの躯体も出来る限りバージョンアップさせたいんだよ。
 今開発中の最新フレームに合わせる為にもな」
「最新フレームって?」
 アナサジが首を傾げたが、ラキは「それは秘密」とスルーした。これは一種のプレゼントみたいなものだから、上げる時まで秘密にしておきたい。
 上がっているファイルの中には、バージョンアップ後の姿も入っている。基本フレームはそのままなので、大幅な変更は無い。それでも変わる姿に全員興味津々だった。
 ざわめきが一旦収まったのを見計らって、ラキは話を続けた。
「んでだ、お前らはそのバージョンアップを手伝ってくれ」
「「えええ!?」」
 全員――OREANAも例外ではない――が驚きの声を上げる。
 それもそうだ。彼らは戦闘用アンドロイドなので、それ以外に関しては少し疎い。自分らのパワーアップなど、できるのか。
 ラキにしても、普段自分がやる仕事を彼らにやらせるつもりはなかった。しかし、今はとにかく人手がほしい。猫の手ならぬアンドロイドの手も借りたい。
 ビュウブームたちは少し不安な顔になるものの、ラキの命令に対して素直にうなずいた。

 メタモアークに戻る最大の条件は、「ベッドで安静にしている事」だった。
 今のところその条件を破る理由はないので、ディアキグは大人しくベッドで臥せっていた。メテオス戦が始まればどうなるかは解らないが。
 いい加減見飽きた天井を見つめていると、ふわ、と隣に誰かが立った。
『父さん』
 自分を呼ぶ懐かしい声に、ディアキグは声がした方を向く。そこにいたのは、赤い髪と赤い目になった自分の息子。
「……お前か」
『久しぶりだね。何年ぐらいかな』
「5年ぐらい、だな。もうそれぐらい経った」
『時間が流れるのは早いね』
「ああ」
 カナの目に哀愁が宿る。
 5年ぐらい。
 それは、自分が息子と離れていく時間でもあった。息子を取り戻すと言う名目で、新たな3人の息子との絆を紡ぐ日々。暖かくも、全てを肯定できなかった日々だった。
 息子は、どう思い、どう生きてきたのだろう。
「カナ」
『何?』
 生きていた頃と全く変わらない、はにかむような笑みを浮かべるカナ。その笑顔を見て、ディアキグは寂しくなった。
 もう息子は、届かない。
 どれだけ手を伸ばしても、その手が届く事はない。届くように見えるとしても、それは儚いもの。あっさりと吹き消される幻でしかないのだ。
「……何でもない」
 ディアキグは口をつぐむ。
 その顔を、カナは哀愁が宿る目のままで見つめ続けた。

 大量に積み込まれるメテオ弾を見送りながら、ヴォルドンは格納庫を見渡した。
「ん、爺さんじゃないか」
 最終調整をしているのか、レグとベルティヒがこっちに気づいた。手を振ってきたので、こっちも応じて2人に近づいた。
 近くで見るメテオ弾は、ミサイルとほぼ変わらない。この中にメテオが入っているとは到底思えなかった。
 長い間メテオと付き合い続けてきたが、こういう兵器利用に関してはロクに知らない。知りたくない、と言うのが本音だった。
「そういや、爺さんはメテオ弾をよく思ってなかったな」
 ベルティヒが自分の非に気づいて頭を下げるが、ヴォルドンは気にしてないと手を振った。
 メテオを――メテオスを消す事が、メテオ弾の役割なのだ。次の戦いでそれが完遂できるのかも知れないなら、これに少し興味を持ってもいいだろう。
「この戦いで最後になるのか……」
 レグが感慨深そうにメテオ弾を見やる。人よりもバケモノに撃つ弾を作るために、コロニオンを出た男はこれからどうするのだろう。
 そもそも、自分はこの戦いが終わったらどうするのだろう。
 メテオスが無くなれば、メテオも来なくなる。今後レアメタルやメタモライトについて調べる機会は極度に減る。そうなったら、自分は何を研究すればいいのか。
「……お前さんらは、全てが終わったらどうするつもりじゃ?」
 つい口に出てしまった疑問に、レグとベルティヒが顔を見合わせた。
 2人とも自分と同じように想像していなかったらしく、しばらくうなっていたが、やがてはっきりとこう答えた。
「変わらねぇな」
「ああ、今日と同じように仕事して、ビール飲んで寝るさ」
 迷いの無いその答えに、ヴォルドンも何となく自分の答えが解った気がした。
 自分もきっと同じだ。今日と同じように石とにらめっこして、石に囲まれて、レポートを書いて寝るのだ。

 メタモアークは待機中なので、必然的にオペレーターは暇になる。
 無論警戒はしているし、メテオスの動きは常に追い続けている。しかし、連合軍基地内では自分達が率先して動く必要は無いのだ。
 なので、レイやロゥはただ席に着いているだけの状態だった。サーレイは友人のフィアのサポートの為にあちこち駆けずり回っていて、今ここにはいない。
「嵐の前の静けさってやつだよね」
「うん」
 レイの例えにロゥが言葉少なにうなずく。
 連合軍中枢へのハッキングという大仕事を終えたロゥは、以前よりかは口数が増えていた。大任を終えたことで何かを得たのか、そこには冷めた顔はなかった。
 そんな友人の変化を喜びつつ、レイは大きく伸びをする。と。
「やる事ないっスね」
「仕方ねーけどさぁ……」
 ドアが開かれ、ブビットとジャゴンボの2人が入ってきた。いつも3人で行動する彼らにしては珍しい。
「どうしたの?」
 気になったので訊ねてみると、2人は揃って「ネスがいないから退屈」と答えてきた。一瞬意味か解らなかったが、今のグランネストの立場を思い出して納得する。
 グランネストが艦長代理として動いているため、ブビットとジャゴンボだけで行動する事が多くなったのだ。父親と遊ぶにしても、彼の状態を考えるとそれも出来ない。
 この先もそうだろう。グランネストが艦長な以上、3人で行動する事はほぼ不可能になる。2人の顔が暗いのは、それもあるようだ。
 どうしようかと、レイは考える。
 遊んでやるのもいいが、それだけでは何となくつまらない。グランネストが仕事しているのだから、2人が遊んでいると言うのも何となく気持ちが悪い。
「……だったら、私達の仕事を手伝ってみれば」
 ロゥがぼそっと言った。意外な所からの言葉に、ブビットとジャゴンボが思いっきり食いついた。
「どゆことっスか?」
「言葉通り。退屈なら、オペレーターの仕事を覚えて手伝って。こっちも楽になるから」
「簡単なのか?」
「コツさえ覚えればね」
 ほら、とモニターを見せるロゥにブビットとジャゴンボがかじりつく。そんなロゥの姿に、レイは驚きを隠せなかった。
(ロゥちゃん、何か凄く良くなった。何か言葉に出来ないけど、凄く良い!)
 レイがロゥに向かって思いっきりの笑顔を見せると、そのロゥはほんの少し笑みを浮かべて答えてきた。

 メタモアーク内であれこれと変化が見れる中でも、時は確実に進んでいく。
 気づけばメテオス襲来まで1週間を切り、全宇宙が徐々に緊張感に包まれていった。

『グランネスト艦長代理より、皆さんにお知らせします』

 最近めっきり艦長が板についたグランネストが、艦内放送でクルー全員に現状を伝える。

『メテオス襲来のタイムリミットまで、1週間を切りました。現在、司令本部で破壊作戦の段取りを整えている最中です。
 クルーの皆さんは出来る限り早めに準備を終えられるようお願いします』