METEOS・56

 ジオライトを中心に、デジタルネットワークに一つのテキストが割り込んだ。
 内容は……とある学者が書いた、メテオスらしき惑星が誕生するその1週間前の記録と、とある団体代表の指示書だった。

 

 メテオスの記録は、ハッキングを仕掛けていたメタモアークにも割り込まれた。
「副長!」
 テキストに押しつぶされる一歩手前で戻ったロゥが、珍しく険しい顔をしたフォブの方を向く。そのフォブはモニターに近づき、テキスト内容をざっと読む。
「……オメガファイル、ですか」

 

 ――西暦XX年 ○月×日
    実験の傍ら、暇つぶしに星を見るのが日課になってきた。
    フラスコや試験管ばかり見ていると、夜空の星がとても貴重なものに思える。
    今度天体望遠鏡でも買ってみようか。

    西暦XX年 ○月○日
    ついに天体望遠鏡を買ってしまった。
    早速これで夜空を見てみる。肉眼では得られない感動だ。
    しかし、西辺りの空にうっすらと点滅している星らしいものが少し気になる。

    西暦XX年 ×月×日    
    国際宇宙開発・観察機関より、超規模の隕石が発見されたとの報告があった。
    遅すぎる。私が発見してから1週間以上が経っている。上の方で何かあったのだろうか。
    明日辺り、部下に聞いてみよう。

 ――現在地球に飛来している巨大隕石は、89%の確立で2週間後に地球に衝突するでしょう。
    しかし我々の宇宙飛行技術はいまだ未熟で、地球人類全てを乗せて脱出する事はできません。
    現在開発中の戦闘機人シリーズも2日前にプロトタイプがロールアウトしたばかり。これに隕石破壊を任せるには分が悪すぎます。
    かくなる上は要人だけでも乗せて脱出を……

 

 オメガファイル流出の情報は、既に七賢の元にも届いていた。
 興味深そうに覗き込むヨグ・ソトースやヘルモーズを尻目に、ヒュペリオンはテキストの向こうにあるメテオスの影を冷めた目で見ていた。
(懐かしいですね……)
 オメガファイルの一部――かつて戯れに書いた自分の日記。何の変哲もない学者の自分が、偶然にも超規模隕石を見つけてから、全ては終わった。
 国際連邦の中でも上層部だけ逃げ出すと言う腐った計画に巻き込まれ、家族や友人、恋人すら見捨ててしまった。見捨てざるを得なかった。
 地球によく似た星を見つけ、新天地だと騒ぐ愚か者達の群れからそっと抜け出し、当てもなくさまよっているうち、一人の男と出会った。
 自分らに似ているが、今まで見たことの無い人種――異星人のその男は、最初いきなり現れた地球人を警戒していた。事情を話すと、ますます警戒した。
 説得には時間がかかった。
 少なくとも自分は、逃げ出した奴らほど落ちぶれてはいない。地球を捨てたくなかった。それだけを解って欲しかった。
 やがて相手もこっちを信じたらしく、一緒に来た仲間をどうするのかと聞いてきた。しかし、聞かれたところでどうしようもなかった。
 奴らに説得は無駄だった。地球を出る前に、隕石対策を練るべきだと何度も力説したと言うのに、奴らは「もはや手遅れだ」の一言で全てそれを無視したのだ。
 しかも今、この見知らぬ惑星――原住民がいるかすら解らないのだ!――を新天地呼ばわりし、居座る気満々の奴らに対し、何を言えと言うのか。
 全ては終わってしまった。自分は、どうする事も出来なかったのだ。
 そう投げやり気味に答えると、相手は自分の所に来いと誘ってきた。行く当てもないのなら、異星人に連れられてもっと別の星に行くのも悪くないだろうと。
 自分はその手を取った。
 今更あいつらの元に戻るつもりはなかったし、かと言って一人で生きられるほどサバイバル技術に優れているわけでもない。なら彼と共に行くのも悪くない。
 離れる前、彼はそろそろ互いに名前を名乗りあうべきだろうと言った。そして先に自分の方から名前を名乗った。もう既に捨てた名前を。
 そして彼も名乗った。
 ヒュペリオン、と。
(あの時出会ったのが、まさか七賢とはね)
 先代ヒュペリオンとの最初の出会いを思い出し、ヒュペリオンは懐かしい気分になった。
 あの後、自分はヘブンズドア領域最深部に連れて行かれた。ヒュペリオンは知らないが、かつて今のエデンが飲み込まれたあのワームホールの「奥」である。
 そこで自分は七賢候補として、先代ヒュペリオンから力の一部と彼の記憶を受け継いだ。それから永い時間をかけてそれを制御し、己の力とした。
 先代が死んだのは、もう何千年も前。一番出来のよかった自分を次の代に任命し、そのまま倒れるように息を引き取った。
 亡くなる前の言葉を、今でも覚えている。

 ――お前は記憶を残し続けるのだ……。お前から全てを奪ったものを、お前の絶望を、全て覚えておくのだ……。
    お前の中にある憎しみは、何かに変わる時が来るのだからな……。

 先代は自分の心を読むのが上手い、と思う。
 あの時に確かに芽生えた憎しみは、いつしか亡き母星への慕情に変わっていた。だから、自分は自分なりに地球を取り戻そうと考えていたのだ。
 エデンは過去はもう取り戻せないとして、地球を再生するのに反対していた。だが自分は、取り戻せないにしてもやり直せると信じたのだ。
 彼の目を盗み、惑星レシピをいくつも探し出した。無限にあるレシピの中から、ただひたすら地球を再生させるレシピだけを求めた。
 ……オリジナルがある以上、見つけ出すのはほぼ無理だったのだが。
「ヒュペリオン」
 いつしか隣に立っていたイシュタルが、こっちの顔を見ていた。
 いけない。回想にふけっていて、現実を忘れかけていた。ヒュペリオンは首を何度も振って、思考を切り替える。
「何ですか?」
「そろそろエデンを迎えに行かない? メテオスが動き始めた以上、対応を考え直さないと」
「そうですね……」
 メテオスが動き始めた以上、もうレシピに拘っている暇はない。今あれを動かしているであろう人物の心境は、痛いほど解るからだ。
 しかし、それをいちいち口に出すつもりはない。自分が元地球人なのを知ってるのは先代ヒュペリオンだけだし、自分も誰かに話すつもりはなかった。
 思惑を全て心のうちに秘め、ヒュペリオンはいつもの笑みのまま答えた。
「そうしましょう。エデンには、こちらに戻ってもらわないと」

 オメガファイル流出という超スキャンダルにより、ジオライト星は前代未聞の騒ぎとなっていた。
 誰もが真相の解明を求め、これに対するトップの言明を迫った。回線はほぼ全てがパンクし、虚偽と真実が混ざった噂が先行してマスコミがそれを広める。
 軍の方も上層部十名以上が死亡していたため、指揮系統が混乱していた。残りの者が何とかまとめようとしているが、騒ぎは収まらない。

 その上、つい先ほど判明されたメテオスらしき謎の移動惑星の接近。

 これにより混乱は最高潮に達し、誰もが己を見失うほどに恐れおののいた。ジオライト星だけでない。宇宙に住む者全てが、メテオスと言う災厄に脅えた。
 そんな中、GEL-GELたちを助けるべくメタモアークが連合軍基地へと着艦した。
 重傷を負っているクレスとディアキグは即行で病院施設に送られ、副長のフォブはフィアとネスを連れて司令室へと急いだ。

「事情は解った。つまり、グリンズ中将を初めとした一部の将校達による暴走、と判断してもよいのだな?」
「ええ」
 最高司令の一人であるダウナス星人がそう問いかけ、フォブがしれっとした顔で答えた。
「一部のデータの未提出は、あくまで確実性のないものですので。それに」
「メテオスへの対抗策として、必要と判断した上か」
 フォブの説明を同じく最高司令の一人アロッド星人が引き取る。その隣では、最高司令の一人であるジオライト星人が提出されたデータに目を通していた。
「オメガファイル流出の件もある。それに対してのコメントは後に上げるとして……今は、メテオスだ」
「メテオスは全宇宙の災厄」
「持ちうる全ての力をぶつけてでも、消し去らねばならないものだ」
 頭を垂れるフォブにあわせて、フィアとネスも頭を下げる。その態度に満足したのか、最高司令たちの間でため息が漏れる。
 中心にいたダウナス星人が、紙束でばんと机を叩いた。
「今回の件については、保留とする。条件次第では、処置なしとしようではないか」
「その条件とは」
 何となく解ってはいるものの、フォブは一応形式として尋ねる。そして答えは予想通りだった。

「メテオスの破壊だ」