METEOS・53

 目的のものは収穫はできたものの、メタモアークの全体の強制押収は失敗に終わった。
 現場にいた部下からそれを聞かされたグリンズ中将は、いつものふてぶてしい態度をかなぐり捨てて部下に当り散らす。
「馬鹿者が! あそこにあるものがどれだけ価値のあるモノなのか、貴様らは解っとらんのか!」
『も、申し訳ありません』
「申し訳ありませんで済むか!!」
「グリンズ会議長、もういいです」
 激昂するグリンズ達を止めたのは、いつの間にか戻ってきていたパンドラの冷ややかな一声だった。
「パンドラ少佐!」
「現実を認めるべきです。彼らは失敗した。貴重な戦力は、押収できなかった。そういう事です」
 カケラも冷静さを失っていないパンドラに、その場にいる全員のボルテージがますます上がる。何も知らないガキが、何を偉そうに、と。
 だがそのボルテージは、パンドラの次の言葉であっという間に恐怖へと変化した。

「だから貴方達には、死んでもらいます」

 次の瞬間、会議室は無音となった。
 ――そして、血生臭い匂いで充満した。

 

 スターリアの「カウントダウン」が終了してしばらく。脱出していたシャトルが戻ってきた。
 全員が船に戻ったのを確認してから、ソーテルとベルティヒは外壁修理に回る。フェイクとは言え、いくつか外壁を吹き飛ばしたので、ダメージは少なくないのだ。
「それにしても、艦長の作戦には見事乗せられたぜ。まさか自爆指示がフェイクだったたぁな」
「そんだけ必死だったってこった。俺たちも、艦長もな。……っと」
 ソーテルの腰についていた通信機が鳴る。どうやら、全員集合らしい。
 二人は顔を見合わせてから、メタモアーク内に入った。

 普段はがらがらな医務室が、急に狭くなった。原因は、人の集まりすぎ。
 それも仕方がない。ベッドは重傷者のクレスとディアキグが占領し、そのクレスからの発表を聞くために全員が集まったのだから。
「皆……集まったか……」
 本当は喋るのも辛い状態のはずのクレスが、ニコとレザリーに支えられつつ口を開いた。
「状況は……芳しくない。GEL-GEL、グランネスト、エデンが連れ去られ……、メタモアークに保管されていた…メタモライトも奪われた。
 ペルゼイン制作者であるディアキグ博士に…私も……このザマだ」
 ちなみにディアキグは、いまだ昏々と眠り続けている。体へのダメージが大きすぎるのと、その時受けたショックが大きかったのが原因だ。
 数名不思議そうにディアキグを見るので、レザリーが大怪我の理由を説明した。
「グラビトール星はね、重力が異常に大きい星なの。当然、そこに住む人たちもその超重力に耐えられるような体質になっているわ。
 でもそれは、母星以外では生きにくい体質でもある。だから、外に出るグラビトール星人は特殊な装置で負担を抑えてるんだけど、そこが彼らの弱点にもなった」
 本来なら、その装置をストップさせる事は犯罪だ。だが兵士達はそれを止めた。それだけ、彼が持ち出そうとしていたメタモライトが必要だったのだろう。
 カウントダウンが長かったのが災いして、ディアキグは全身の骨にヒビが入っている状態である。本来なら病院に入院するのだが、本人が強固に反対した。
 全員が納得したのを見計らって、クレスが話を続けた。
「……上層部が何故、我々を逮捕しようとしたのかは…解らない。だが……現に我々は3人も連れて行かれている……。これは問題だと思う……」
 ここでクレスは、ごほごほと苦しそうに咳き込んだ。ニコが慌てて背中をさするが、効果はなさそうだ。
「我々は……何としても、彼らを救い出さなければならない……。メテオスが近づいている今…、この船は誰一人欠けてはならないんだ……」
 だから、と一区切りしてから続けた言葉は、全員が驚くものだった。

「……彼らを奪還する」

 

 あれから倒れるように眠ってしまったクレスに代わり、副長であるフォブが皆にこれからの事を説明し始めた。
「いいですかな? お偉いさんからは逮捕されそうになりましたが、いまだ我々は連合軍として登録されているはずです。なので、行動は慎重に、ですぞ」
 わざとらしく口元に指をやって、しーっと仕草をするフォブ。それで笑う者は誰もいないが、場の空気は少しだけ和らいだ。
「我々はこれから、クレス艦長がおっしゃられたようにGEL-GEL君とグランネスト君、エデン君の3名を奪還します。ですが、そのための情報が足りない。
 なので、これから名前を呼ぶ人はブリッジに行かれますように。まずオペレーターであるサーレイ曹長とロゥ伍長、レイ伍長」
「「「はい」」」
 3人が異口同音に言いながら前に出る。それを確認してから、フォブは続けて名前を呼ぶ。
「フィア大尉。それから、ラスタル君」
「はい」
「あ、はい……」
 フィアの方はとまどいもなく前に出るが、ラスタルはわけが解らずに首をかしげたまま前に出る。
 5人が前に出揃うと、フォブはこほんと一息ついた。
「さて、ブリッジに行く人たちは以上です。次は、ラキ少尉とサボン曹長、フォルテ君……つまり、開発チームの皆さん」
「はい」
 代表してラキが返事する。
「貴方達のやる事は、ビュウブーム君、アナサジ嬢、OREANA嬢、GEOLYTE君のメンテです。それから、彼らの武器を作ってあげる事です」
「武器……ですか?」
 フォブの真意が読めないのか、サボンが首をかしげる。そんな彼女に微笑みかけつつ、フォブは理由を説明してくれた。
「3人を奪還したら、次はメテオスです。そのための準備を、今のうちにしておくのですよ。レグ伍長も、協力してやってください」
 なるほど、とラキたちはうなずく。確かに、メテオス対応の準備をしておくのも大事なことだろう。
 ビュウブームたち戦闘チームも納得したらしく、フォブの説明に異論を言うことはなかった。まあ戦闘がなければ、待機任務しかないのだが。
 彼らが納得したのを見てから、フォブはまたこほんと一息つく。
「後はほとんど通常任務と変わりません。ベルティヒさんとソーテルさんは、外壁修理。アネッセさんは、食堂。ロウシェン教授は……しばらくは待機ですね。
 ヴォルドン先生は、メタモライトについてのレポートを。レザリー先生は、ニコ嬢と共に艦長たちを看てやって下さい。後は……」
 フォブの視線は、残るジャゴンボ、ブビット、ギガントガッシュの姫へと移った。
「……貴方達3人は、大人しくしていて下さい」
「「「えーっ!!」」」
 3人が声を揃えて抗議する。
「ネスが捕まってるのに、オレ達何も出来ないのかよ!」
「酷いっス!」
「GEL-GELが心配じゃないのかー!」
 ジャゴンボたちに大声で詰め寄られ、フォブは危うく体制を崩しそうになる。ラスタルやGEOLYTEが抑えようとするが、彼らの勢いは止まりそうになかった。
 ブリッジなら騒いでも別に大きな問題にならないが、ここは医務室。大きな声を上げて、クレスやディアキグが起きるかもしれない。
「ほらほら。3人とも、そんなに泣き喚かないの。何もするなってわけじゃないんだから」
 レザリーが呆れた顔でとりなした。
「そうなのか?」
「そうよ。お父さんの看病とか……やる事はいっぱいあるじゃない」
 その一言で、3人の顔がぱぁっと輝く。彼らは何も出来ない事に怒っていただけなので、あっという間に機嫌を直した。
 3人から解放されたフォブは、ふーと大きく息をついた。

 ブリッジ。
 普段はニコの働きで(ドジもあるが)埃一つない場所だが、今はキーボードやコードがたくさん占領する異様な空間になっていた。
「要は、GEL-GEL達の行方を掴めばいいんですね?」
「ええ、必要以上のハッキングは痕跡を残してしまいますからね」
 いつもと変わらないロゥの質問に、いつもと変わらない態度でフォブが答えた。

 ――連合軍上層部へのハッキング。

 フォブがブリッジにあの5人を呼んだのは、このためだった。
 ブラーポにグリンズ中将と大物が動いている以上、GEL-GELたちが送られた先はおそらく軍の重要施設だろう。
 何の目的があってあの3人なのかは予想がつかないが、まず研究モルモットになるのは間違いない。その前に、彼らを奪還する。
 そのために必要なのは、3人を乗せているはずのブラーポの足取りだ。あれを追えば、必ずチャンスは来る。
 ワイヤロン星人であるロゥを電脳内に飛び込ませ、サーレイとラスタルでサポート。レイでかく乱し、フィアが状況と情報を確認して指示を出す。
「では、始めましょうか」
 フォブの一言に、全員がうなずいた。