艦長たるもの、いかなる時であっても艦は捨てるな。
士官学校で真っ先に覚えさせられた心得を、クレスはぼんやりと思い出した。
(……フェイクとは言え、自爆を命じた私は艦長失格だな)
なるべく被害を最小限にと考えた結果、思いついたのがこのフェイクだった。自爆する艦と共にする敵兵は滅多にいない。故に、効果はあると判断したのだ。
スターリアに命令した「カウントダウン」は約10分ほど。このくらいなら敵兵を全員逃がす余裕はあるだろう。後は自爆したと見せかければいい。
そう、見せかけられれば。
偽物とはいえ、退艦命令を出したのだ。今、クルー全員逃げる準備をしているだろう。
現に、今ここにいるのはクレスのみ。彼一人で自爆をカモフラージュするのは、ほぼ無理に等しい。
(まあ、これを乗り切った後に考えよう)
カモフラージュやクルーへの説明、連合軍への対応など、今は考えないようにした。とにかくこの場を乗り切り、クルー全員の命を守る。それだけだ。
クレスは重い腰を上げ、ブリッジを後にした。
アラームが自爆を告げるアナウンスになった。
「!?」
さすがにこれにはディアキグも驚いて腰を上げる。揉め事は常に他人事と思っていた彼だが、今回ばかりは他人事では済まされない。
一度目を閉じ、自分の「子供」達の居場所を思い出す。
「ネスたちは……ロウシェンが見てるか」
なら、「もう一人の息子」を助けないといけない。ディアキグは部屋を出て、辺りを警戒しつつ廊下を走った。
ディアキグが普段仕事(研究)している部屋は、メタモアークでは『居住エリア』とされている場所だ。このエリアは、敵兵らしい影はまだいない。
なるべく兵士が来ないであろう道を選びながら、目的地へ急ぐ。誰にも会わないのが幸いして、2分程度で到着した。
指紋でドアのロックを開けると、部屋の中に飛び込んだ。
「カナ!」
息子の名前を呼んで、中にあるモノ――メタモライトをガラスケースごと外に出す。少し重いが、これぐらいどうとでもない。
少しふらふらしつつ部屋の外に出たその瞬間。
「ご苦労だったな」
いつの間にか後ろに立っていた敵兵に、「あるスイッチ」を切られた。
ぐしゃっ!
『艦長悪い……。GEL-GEL、守りきれなかった』
「……そうか」
ビュウブームからの報告に、クレスは苦い表情のままうなずいた。
彼らは最初GEL-GELの退艦を手伝おうとしたが、アネッセからの頼みで子供達を守るほうに回ったのだ。
一応ボディガードとしてGEOLYTEを回したものの、大量に雪崩れ込んだ兵士達に抵抗できず、GEL-GELを連れて行かれたらしい。
GEOLYTEは何とか動けるが、とても防戦に回せない状態らしい。
『今のところ連れて行かれたのはGEL-GELだけだ。ちびたちはこれから小型シャトルに乗せるつもりだけど……』
「だけど?」
『エデンとネスだけ、まだ合流できてないんだ』
クレスは絶句した。
メタモアークを走り回る。普段は狭いと思っていたが、今こうして走り回ると艦内は広い。
エデンとネスは、いまだに見つからない。
(無事でいてくれ……!)
結局ビュウブームたちにシャトル護衛を任せ、クレスは一人でエデンとネスの捜索に走り回っていた。
敵兵はもう撤退を始めている。戦闘チームはシャトル護衛が大事だ、とビュウブームに無理やり言い聞かせ、自分はこの役に回った。何故かは解らない。
ただ、こうしないと拙い事が起きる気がした。
(……また、守れないなんて……!)
クレスの脳内でフラッシュバックする、弟の最後の姿。助けを求める声。
あの声を裏切りたくないから、自分はここまで来た。メテオスを追って来た。それが、こんな形でまた裏切るかもしれないと思うと、震えが止まらなくなる。
スターリアにサーチを頼むと、エデンとネスは一緒に逃げ回っているらしい。どういう流れでそうなったのかは解らないが、二人一緒なのは安心できた。
彼らは小さい身体を活かして、エアダクトなどを回っているようだ。そこらで留まってくれればいいが、自爆命令もあるのでそうは行かないだろう。
どこかで合流できれば。スターリアと連絡は取れないものか。
そう考えていると、後ろでどたどたと足音がした。
――いたぞ、あそこだ!
――捕まえろ!
「ちっ……!」
いまだ逃げ出していない敵兵に舌打ちしつつ、クレスは走るスピードを上げる。
敵は武器を持っているが、地の利はこちらにある。何とか撒こうとしたその瞬間。
「……あ……!」
運悪く、エデンがひょっこりと顔を出した。
お前、一体何を
ネスはどうしたんだ
こんな所に来るな
色んな言葉が脳内に浮かぶが、実際に口に出たのは「早く逃げろ!」だった。
クレスの動揺を知らないエデンは、一瞬びくっとなるものの、言われた通りに逃げ出そうとするが。
――奴は!?
――捕獲しろ! 撃っても構わん!
「!?」
追って来た敵に見つかった。エデンも捕獲対象に入っているらしく、全員銃を構えている。
銃口が自分を狙っていることに気づいたエデンの顔が、クレスの目に飛び込んできた。
おびえた顔。
……あの時の弟と、全く同じ顔。
『兄ちゃん、助けて!』
瞬間、クレスの体が動いた。
発射される弾からエデンをかばうように立ち、そのままその身で銃弾を受ける。
弾は貫通してくれたが、銃創から赤い血がとめどなくあふれ出る。手当てしなければ死亡するかもしれない。
それでもいいかもな、とクレスは薄れ行く意識の中で、そう思った。
今度は助けられた。ちゃんとあの声を裏切らずに済んだのだ。
エデンが自分の手を握り締めてくる。
「……ちゃん! に……ちゃ……!」
何か必死になって叫んでいる。でももうクレスには聞こえない。
その手が離された瞬間、クレスの意識は完全に闇に落ちた。