恐れていた事が起きてしまった。
「お兄ちゃん」
もう一度過去の自分に呼び止められ、ラキの足は完全に止まってしまった。動け、と自分自身に命令しても、足が固まったかのように動かない。
何も知らない過去の自分は、首をかしげながらも「何やってるの?」と無邪気に聞いてきた。
「お祭りか何かがあるの? 面白い?」
「あ、いや……」
自分の記憶を引き出すが、その時の記憶だけがすっぽりと抜け落ちてしまっていた。過去の自分と出会った事が、それほどショックだったのだろうか。
だが、彼が話しかけてきてくれたおかげで、止まっていた思考や身体が動くようになった。運命の時間前までに、何としても仲間と合流しなくてはならない。
ラキはまた人ごみの中へと飛び込もうとしたが、そのズボンを過去の自分――「ラキ」が掴んだ。
「どこ行くの? ボクも連れてってよ!」
どうも自分が楽しい所に行くと思ったらしく、「ラキ」は全力で足にしがみついてくる。周りは中央広場へと向かっているのだが、もう「ラキ」は興味を示さないようだ。
穢れのない目が、こっちを捉えて離さない。
「駄目だ。お前は父ちゃんや母ちゃんの所に帰れよ」
「やだー!」
「駄目だって!」
「やだやだやだー!」
何とか引き剥がそうとするが、「ラキ」は絶対に離れようとしない。大声で泣きじゃくる「ラキ」を見て、昔の自分はここまで聞かん坊だったかな、と心の中で溜息をついた。
一体どうしたものか、と思っていると、ようやくラキの耳に、あの鐘の音が飛び込んできた。
ごぉぉぉぉぉぉぉん! ごぉぉぉぉぉぉぉん!……
鐘は五回鳴った。
「!」
鐘の音は、別の所で子供達を探していたフィアの耳にも飛び込んできた。
周りの人々は祭りの最高潮に歓声を上げるが、それとは対照的に、フィアは顔を青ざめて全ての言葉を失ってしまう。慌てて空を見上げるが、まだメテオは見えない。
今すぐ本部へと向かいたい気を抑え、仲間と連絡を取ろうと通信機を取り出す。今の自分がファイアム軍本部に行った所で、ただ怪しまれるだけだ。
だがこの混雑もあって、通信機はノイズだけを発する機械と化していた。有益な言葉を何一つ吐かない通信機を、苛立ちと共に強く叩きつけてしまう。
「仕方ない!」
自力で仲間と合流するために、フィアは一歩走り出すが、二歩目は出ることがなかった。
夜空の影に、「ヤツ」の姿を捉えてしまったから。
「嘘……!?」
予想以上の速度で、それは頭上を圧迫する。
予想以上の大きさで、それは夜空に割り込む。
予想以上の多さで、それは災厄を吐き出していく。
ファイアムに飛来してきたモノ。それは間違いなく、災厄の惑星メテオスだった。
華やかな祭りは、あっという間に地獄の舞台と成り果てた。
子供達は泣きじゃくり、大人たちは混乱し、誰もがこの事態を信じきれずに狂い騒いでいる。わずかに正気のままの人々が、錯乱し続ける人々を助けようと回るが、数が足りない。
「くそっ、メテオスだなんて予想外だぜ!」
錯乱した大衆に踏まれかけていた老人を助けながら、ビュウブームが毒づく。フォールダウンの事は大事件として記録してあるものの、まさかここまでとは思っていなかったのだ。
「メタモアークがいないから、迎撃するのも難しいのだアニキ~!」
GEOLYTEは子供を抱えたままあたふたし、OREANAはこのどさくさに紛れて泥棒しようとする人々を抑えるので忙しい。ネスたちは今だ行方不明だ。
こういう時フィアかラキがいれば、何とかまとまりが付くのだが、最悪なことに彼らも行方がわからない。ネスたちも含めて、アナサジとラスタルが探しに行ったのだが……。
「それまで、何か起きなきゃいいんだけどな」
迎撃しきれずにメテオが落ちてしまうと、十中八九コメット現象が起きる。他の地域ならともかく、祭りの最中であったここでは、軍の迎撃もおぼつかない状況だ。
このままメテオが落ち続けたら、まず間違いなくコメットに変異してしまう人が出てくる。この混乱でコメットが出てきたら、その被害はうなぎ登りだ。
だから一人でも多く、シェルターへと避難させないとならない。幸い、正気に戻る人も少しずつだが増えているので、運がよければ何事もなく避難が終わりそうだ。
……だが、ビュウブームのささやかな願いは、あっさりと砕かれる事になる。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
おおおおおおおおおおおおおおん!!
悲鳴と共に、鳴き声が聞こえた。あれは間違いなく、コメットの産声。
「ラキ」がいなくなった。
それに気づいたのは、空にあるのはメテオスだと知った時である。
「くそっ、ちびー!」
仲間の事が気になるが、今はあの過去の自分が気になった。自分の記憶の通りなら、あの惨劇の中、「ラキ」は最悪のモノを見てしまうのである。
“あれ”を、見せるわけにはいかない。
未来が変わるとかそういうのは、今の自分には関係なかった。いや、むしろ見ないことで何かが変わってくれるのなら、それでもいいと思った。
「あいつ、何処に行ったんだ!?」
走り回るのをやめ、ラキは幼い頃の自分の行動を推理し始めた。
メテオスやメテオの脅威は、幼子でも知っていることである。それを自分の目で見た「ラキ」が何かを考えるとしたら、まず両親やフィアと合流することだろう。
(確か、父さんと母さんは、中央から少し離れた場所にいたはず!)
あっちも自分を探していたのか、自分が探し始めてしばらくして、両親と再会できた。となれば、中央広場辺りから探し始めれば、両親を見つけられるはずだ。
表道は避難とかでだいぶ混雑しているが、裏道は相変わらずひっそりとしている。半分行き当たりばったりながらも、ラキは確実に中央広場へと向かっていた。
適当な所で表に戻り、中央への道を行く。ここらになると、避難する者より、はぐれた者を探す者たちが多くなっていた。ラキはそれらを適当に確認して回る。
「どこだ……」
急がないと、「ラキ」もこっちに来てしまう。急いで確認しながら中央へと向かうが、どうも先へと進めない。人が多すぎるからだ。
ラキが「ラキ」を探している間、フィアはついいつもの癖で一般人の避難誘導していた。
「慌てないで! シェルターへ逃げれば安全です!」
フィアの誘導もあって、ここらの一般人はさほど混乱せずにシェルターへと行きそうだ。それを見てほっと一息つくと、フィアは仲間探しを再開する。
急ぎ足で道を歩く中、遠くで妙に見覚えのある影――過去の自分を見つけた。
はっとなって隠れようとするが、相手はこっちが見えていないようだ。……と言うより、別の何かに気を取られている。
(……まさか!)
自分の過去が蘇る。あの時の自分は何が起きたのか解らず、ただただ隊長にすがろうとしてしまった。そして、自分の任務も忘れて、隊長の所に向かおうとしていたのだ。
だが、その先で……。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
過去の自分の悲鳴が木霊する。
見てはいけない、とは思っていても、フィアはついそっちに向かってしまった。急いでそこへと向かい……息を飲んでしまう。
目の前で、隊長がコメット化している。それは納得できる。メテオの悪影響を受けた者は、ほぼ間違いなくコメットとなるからである。
だが、過去の自分も同じようにコメット化しているのはどういうことか。
慌てて自分の手を見てみるが、自分の手は紛れもなくヒトの手である。コメット化したところはどこもない。
しかし目の前の現実では、過去の自分は紛れもなく異形へ――コメットになろうとしている。頭から生えてきた謎の突起が、その証拠である。
「隊長ぉぉぉ……隊長ぉぉぉ……」
「ニ……ゲロォォ……ニゲルンダフィアアアアアア!!」
「隊長ォォォォォォォ!!」
異形となった二人が、コメットの鳴き声を上げる。
つい条件反射で、腰のホルスターから銃を抜く。目の前の過去の自分を撃ったらどうなるか解らないが、それでもコメット化した以上は倒さなくてはならない敵である。
照準を合わせた瞬間、過去の自分に異変が起きた。