目を開いて最初に見たのは、青い空だった。
澄み切った平和な青空は、空を覆っていた巨大隕石の存在を否定するかのようだ。だからこそ、あの巨大隕石にリアリティを感じさせたのだが。
ラキは頭を振ってから、ゆっくりと体を起こす。ぼんやりとした頭で周りを見てみるが、近くには誰もいなかった。
そう、仲間は一人もいなかった。
「……っておい!」
慌てて立ち上がって、もう一度周りを見回す。仲間の姿は見えない。さっきまで一緒にいたはずの座敷童も、姿を消していた。
これはやばいかもしれない。護身用の武器は何一つ持っておらず、徒手空拳で戦えるほど格闘のセンスに長けてはいない。つまり、襲われたら一巻の終わり。
今のところ人影らしいものは見当たらないが、どこかで敵が息を潜めて自分を狙っていたら。そう思うと冷や汗が出た。
発信機などという便利な物はない。仕方がないので、ラキは適当に当たりをつけて道を歩き始めた。
「にしても暑いなー……」
温度計はないが、おそらく35℃近いだろう。砂漠地域と違って岩がごろごろと転がっているので、おそらく近くに火山があるに違いない。
……と、そこで足が止まった。
味方を見つけたのではなく、自分の思考がある事にたどり着いてしまったからだ。
暑い気候。火山が近くにある。そして、今まで見てきたもの。
細かいピースこそそろっていないが、集められたピースはラキの脳からひとつの過去を引きずり出す。忌まわしき8年前の記憶。
「まさか……」
「あ、ラキー!」
答えをさえぎるかのように、遠くから聞き慣れた声が飛んできた。
反射的に声の方を向くと、アナサジがぶんぶんと大きく手を振っていた。遠目ではあるがビュウブームやOREANA、自分の義姉もいるようだ。
思考を現実に引き戻してから、そっちの方に走る。仲間たちも自分の顔を確認したからか、それぞれ安堵した顔を見せた。
アナサジ、ビュウブーム、OREANA、ラスタル、GEOLYTE、グランネスト、ジャゴンボ、ブビット、フィア。ここにいるのはこれだけだ。
「フォルテはどこに行ったんだ?」
何となく穴があるように見えるのでつい聞いてみたが、全員が顔を見合わせるだけで何も答えてくれない。教えない、というより誰も知らないのだろう。
皆戸惑っている。よくわからない所に放り出され、小説やドラマの中にいるかのように動かされている。場面転換のように場所を移されては、ロクに思考もまとまらない。
それに何より、自分と義姉にとってここは、忌まわしい過去がある場所なのかもしれないからだ。
「……ラキさん?」
名前を呼ばれたので、はっと顔を上げる。
「どうしたのですか?」
「いや、何でも」
皆に心配をかけさせるわけにもいかないので、ラキは頭を振って忌まわしい過去を追い出した。自分の推論はあくまで可能性。どんぴしゃとは限らないのだ。
ここで一塊になっていても話は進まない。とりあえず移動しながら、今後のことを考えることになった。
ばらばらになると言う手もあるが、それだと誰かがいなくなった時にわからない。ここがどこかも解らないので、単独行動は危険だ。
「っつっても、大所帯じゃあな……」
ビュウブームがぼやくのも仕方がない。メタモアークに残っているであろうメンバーのことを考えると、自分たちがここでもたもたしているわけにはいかないのだ。
元に戻れる手がかりが、すぐに見つかるのか。
そんな不安が、一行の心に大きくのしかかっていた。
フォルテはディアキグとロウシェンを呼ぶために、メタモアーク内を走っていた。
「あうう、目が覚めたと思ったらこんな大騒動になってたなんて~」
あの隕石が落ちる瞬間、エデンの声が聞こえたかと思うと、彼の意識はメタモアークで眠っていた自分の体に戻っていた。
一体どういう仕組みかは解らないが、これがエデンが言っていた「意識を元に戻す」という意味だろう。と言うことは、自分は夢を見ていたのだろうか。
(私たちアンドロイドって、夢を見れましたっけ?)
スリープ時、過去見た記録やデータが何らかのショックか誤作動で再生されることはある。しかし、それは夢ではなく「リコード」と呼ばれる現象だ。
リコードで見れるのはあくまで過去のデータそのもの。人間で言う「夢」は見れない。それが一般論であった。
なら、自分がさっきまで見ていたのは一体何だったのか?
もしそれが「夢」だとしたら、あそこまでリアルだった理由は何なのか。仲間たちがそろっていたのは何の暗示なのか。
(リコード現象だとしたら、一体誰の? 私の記録にはあんな光景なんてなかった)
美しい自然と、強そうな戦闘用アンドロイド。そして世界崩壊が形になったかのような、あの巨大隕石。
どれもフォルテのデータにはない。もしあるとしたら……。
(……GEL-GELさん?)
フォルテの足が、止まった。
GEL-GELは今、黒い少年に襲われて(そうだと思われる)重傷だ。もしこのまま機能停止となったら、あの「夢」もどうなるというのか。
――GEL-GELさんが、ラキ少尉たちを連れて行ってしまう。
ふと、そんな不安が頭を過ぎった。
理由はわからないが、何となくそう思う。GEL-GELは悪くないのに、GEL-GELにまとわりつく何かが、ラキたちを連れて行こうとする。
それが、あの黒い少年だというのか。
嫌な空気を振り払うように首を振って、フォルテはまた走り出そうとする。今はそんな事よりディアキグたちを探し出すのが先だ。
「ん? フォルテ君じゃないですか」
曲がり角をいくつか曲がった所で、探し人の一人を見つけた。
地なのかこんな状況なのにもかかわらず、ロウシェンはのんびりとコーヒーを飲んでいた。近くにディアキグがいるかなと思ったが、どうも一人らしい。
「いつ目が覚めたんです?」
「そんな事より緊急事態ですよ! GEL-GELさんがやられたんです!!」
さすがにこの一言には驚いたらしく、ロウシェンの目がすっと細くなった。
ここが押し時と見て、フォルテはとにかくまくし立てる。今協力を得られなければ、GEL-GELはきっと助からない。
「とにかく手を貸してください! ラキ少尉はまだこん睡状態だし、サボン曹長一人では手に負えませんよ!」
「なるほど、緊急事態ですね」
ロウシェンはコーヒーを飲み干して、紙コップを適当に丸めてポケットに入れる。ゴミ箱が近くにあれば、きっとそこに捨てたことだろう。
さあ急いで、とフォルテは彼の手を引いた。ディアキグは後で探そうと思った時、ロウシェンの視線が別の方向を向いた。
「彼は、呼ばなくていいんですか?」
「え?」
彼が指し示す視線の先を見て……フォルテは絶句した。
さっきまで一緒にいた座敷童が、そこにいた。
「助けてあげようか?」
座敷童はにっこりと微笑んだ。
先に進むにつれ、ラキとフィアの表情が硬くなる。
固い岩盤、暑い空気、あちこちで舞う火の粉。どれもが、ある星によく似すぎていた。そして、ある時を髣髴とさせた。
タチの悪い冗談だと怒鳴りたいが、怒鳴った所で今の状況は変えられない。地形が過去と全く同じなら、出来事も全く同じになるということだからだ。
何も知らないビュウブームたちは、その二人の後ろを歩きながらぼそぼそと小声で話し合っていた。
「なあ、ラキや姐さん、何であんなにイライラしてるんだ?」
「そんなのオイラ知らないっスよー」
「何かトラウマでもあるんじゃないの?」
小さい子は何か秘密に、女性は噂などに食いつきやすい。アナサジやグランネストたちは積極的に話に参加していた。
逆に年長であるビュウブームやOREANA、ラスタルはあまり話に参加しない。話が脱線したら突っ込んで戻し、後は適当に言う程度だ。
興味がないわけではなく、彼らの話から色々な推論を出しているだけだ。口に出して言えば、ラキやフィアの耳に入る。それによって傷つくのは、見たくないのだ。
もちろん年少組がそういう気配りの出来ない子たちだけではない。彼らは彼らで騒がしくすることで、場の雰囲気を明るくしようと必死なのだ。
(ずいぶんと気配りのできる奴らだよな)
皮肉ではなく、ラキは本当にそう思った。自分たちを思いやれる好意と優しさ、それらがとても嬉しいのと同時に誇らしかった。
と、フィアの足が止まる。あわせて、全員の足も止まった。
「義姉さん?」
ラキが不思議そうに顔を覗き込むが、フィアの視線はある一点に集中していた。ラキもつられてそっちを見るが、どうも何かがあるとは思えない。
ただ、視力がいいメンバーは何かを見つけたらしい。
「何だあれ。……塔……、いや、高層ビルか」
「ビルよ。確か正規軍の総司令部があった場所」
硬い表情でフィアがその建物の正体を話す。
彼女の声は……震えていた。
「間違いない。ここは8年前のファイアムよ」