銃声はサボンたちの意識を呼び戻した。
ともすれば消えそうになる意識を何とか保ち、辺りの状況を確認する。自分たちが撃たれた形跡はなし。部屋は荒らされていない。GEL-GELたちは……。
そこまで考え、慌ててGEL-GELが眠っているカプセルの方に視線を移し――悲鳴を上げた。
GEL-GELは、胸の辺りを大きく抉られ、顔の右半分が吹っ飛んでいた。
一般的なアンドロイドも、人間と同じく心臓の辺りにメイン動力炉が備わっている。GEL-GELがそれに当たるかは解らないが、重傷なのはよく解る。
慌てて半壊したカプセルを開き、GEL-GELの様子を調べてみる。撃たれてからすぐに気づいたのが幸いしたか、まだ彼の機能は停止していなかった。
だが、何度呼びかけても意識は戻らない。この状態だと、いつ動力炉が止まるか解らない。
「どどどどどうしましょう!?」
「慌てないで!」
人間、傍らに慌てている人間がいると逆に落ち着くのか。サボンはフォルテを一喝して現状を確かめた。
怪我は酷く、破損しているのは動力炉だけではない。人工関節や筋肉も傷ついており、最悪レアメタルにもひびが入っていそうだった。
顔の方はアイカメラは半壊状態。頭脳組織も大きく混乱状態にある。感情OSや記憶回路に悪影響を及ぼしている可能性もあった。
撃ち込まれた銃弾は二発。だがその二発が、GEL-GELをここまでの重傷に追いやった。
「弾はどうも対アンドロイド用ですね。撃った相手は、相当知り尽くしてますよ」
少し落ち着きを取り戻してきたフォルテが、へっぴり腰ながら何とかGEL-GELから銃弾を抜き出す。銀色の弾は、素人目から見ても威力がありそうだ。
「どこから直せば……」
頭脳組織とメイン動力炉。二つを一気に直すには、サボンの腕はまだ未熟すぎる。しかし一つを集中的に直せば、もう一つが完全に停止する。
重い選択肢を突きつけられたサボンは、かなり勇気のある決断を下した。
「フォルテさん、ロウシェン教授とディアキグ博士を呼んできてください。GEL-GELさんを一気に修理しますよ!」
暗い闇の中だった。
ただ自分が立っている感覚だけが確かな中で、ラキは一人そこにいた。
「……ここは?」
一応辺りを見回しては見るものの、何も見えるわけでもないし、何も聞こえない。気配も何も感じない。
「さっきまでネスたちと一緒だったはずなんだがな」
隕石らしきモノを見た辺りでラキの記憶は途絶えている。気絶して倒れたのなら、隕石衝突の衝撃で自分は死んだのだろうか。
なら、ここはあの世だとでも言うのか。
「冗談じゃないぜ」
メックスには輪廻転生説を上げる者は少ない。死した者は惑星の一部となりゆく、というのが定説だった。死んだ者がどうなるかは、誰も知らない。
こっちはまだやる事がたくさんある。そう簡単に惑星の一部になるわけには行かないのだ。GEL-GELたちも心配だし……。
そこまで考えた時、自分の横を誰かが通り過ぎて行った。
「?」
急いでそっちに目を凝らすと、見覚えのある桃色の髪と長身が目に飛び込んできた。
装備を全くしていないが、間違いなくGEL-GELが走っている。後ろを振り返ることもなく、ただ前へひたすら走り続けていた。
「GEL-GEL!」
急いで呼びかけるが、彼からの反応はない。聞こえていても無視しているのではなく、自分の声が最初から聞こえないような無反応ぶり。
声量を大きくしてもう一度呼ぶが、やはり反応はない。ここで呼びかけていても埒が明かないので、ラキは走って追いかけることにした。
しかし頭脳労働派のラキが戦闘用アンドロイドのGEL-GELに追いつくのは無茶な話で、あっという間にその差は開いていく。
数分走った所で、もうGEL-GELの姿は見えなくなっていた。おそらく、このまままっすぐ走って行っても彼には追いつけないだろう。
荒い息を整えていると、また誰かが自分の隣を横切って行った。今度は走っているのではなく、ゆっくりと歩いて、だ。
ちらりと横目で見て――驚愕した。
桃色の髪と長身、サファイアブルーの目、GEL-GELに良く似た顔立ち。
「……ジェネシスナンバー……?」
かつてのGEL-GELの仲間たちが、GEL-GELが走り去って行った方へと歩いている。顔立ちなどは微妙に違うが、浮かべている表情は皆同じだ。
憎しみと怨恨。ジェネシスナンバーたちは、GEL-GEL――ジェネシス32に対して深い憎しみを抱いていた。
一体何故? GEL-GELが語ろうとしない過去に、一体何があったと言うのか?
「彼の過去は虚像と真実が入り混じっていて、どれが正しいのか彼自身もわからないんだ」
もうだいぶ聞き慣れてきた声に、ラキは慌てて声――座敷童の方を向いた。
「彼……GEL-GELの事かよ」
「GEL-GEL……プロジェクトの最終試験体。だから彼には今までの失敗を全て克服するように、ありとあらゆる可能性がつぎ込まれた。
だけど、それは彼が暴走したら止める事ができないという事を意味している。たった一人……彼らのオリジナルであるTELOSを除いてね」
つまり、GEL-GELが暴走したら自分たちの力では止めることはできない、と言う事だ。そしてその暴走は、いつやってくるかは解らないと言う事。
彼の過去に何があったのかはまだ解らないが、おそらくその暴走がトラウマになっているのだろう。レアメタルについて難色を示していたのもそれが理由か。
「かつて、彼は一回暴走した。そしてその暴走で、全てを失い棄てられた」
座敷童がラキの仮説を肯定した。そのまま、彼は話を続ける。
「彼が全てを話さないのは、自分がもう一度全てを失いのが怖いから。棄てられるにしても、破壊してしまうにしても、自分が今ある場所を壊してしまう。
それが何よりも怖いんだ」
GEL-GELは仲間を信じていないわけではない。仲間を信じているからこそ、全てを破壊する可能性を怖れて心を閉じてしまっていた。
「……助けて、やれねぇのか?」
「さあ。彼自身も、少しずつだけど心を開こうとしている。時間をかけられれば、大丈夫なんじゃないかな?」
「その時間がないんだよ!」
何故かは解らないが、ラキはメテオスが姿を現すのはそう遠くないと確信していた。そしてその時こそ、全てに決着をつける時だと。
確かに時間をかければ、遠からずGEL-GELは自分たちの全てを信じてくれるかもしれない。だが、メテオスはそれを許してはくれない。
メテオスは宇宙共通の脅威であり、最強の敵だ。その敵を倒すには、誰か一人の心が乱れていては無理なのだ。
座敷童はしばらく考えていたようだが、やがてまっすぐな目でこっちを見つめた。
「心を閉ざしているのは、君もじゃないか?」
GEL-GELを半壊状態にしてきたパンドラは、軍ではなくある場所へと戻っていた。
「終わったのかしら?」
静々と頭を垂れると、暗がりからおっとりとした女性の声が聞こえてくる。
その事に関して、パンドラは驚かない。彼らが姿を現さないのはいつもの事だし、こうしてすぐに本題に入るのもいつもの事だ。
だから彼は、そのままの姿勢で「ほぼ完璧に」とだけ答える。しかし、その答えは暗がりにいる者たちを安心させるには充分ではないようだ。
「ほぼ、では少し心細いのぅ。七賢の妨害もある以上、今回は確実なものとせねばならぬ」
今度は老人の声が飛んできた。その意見は予想していたらしく、パンドラは顔を上げてもう一度行く予定だと告げた。
「一度がダメなら二度、か。それで確実なものとなるのか?」
次に飛んできたのは機械的な青年の声だ。彼の問いには、確実にと答える。あそこまで大きく揺さぶりをかけたのだ。もう一度かければ必ず動く。
「貴方のお力も借りたいのです。私一人の命どうとでもなるものですが、確実さを追求するのなら、貴方も来て下さると助かります」
自分の命を捨石にすることをさらりと言いながら、パンドラは暗がりにいる青年の協力を求める。対する青年の方もさらりといいだろう、とだけ答えた。
誰も捨石について悲しむ事も攻める事もない。元々消えていた命、今更捨てた所で何の感傷もないからだ。
全ては、自分たちが住んでいた惑星のために。そのためなら、自分の命など喜んで投げ捨てよう。
「そっちがそれでまとまるならいいじゃろう。ワシらもそろそろ動かねばならんのぅ」
「もう待ちすぎましたからね」
老人の一言に、女性がうなずいた。青年の方は何の答えもないが、おそらくうなずいているのだろう。パンドラも、同じようにうなずいた。
自分たちの一番の障害である七賢たちも大きく動き始めている。まだこちらの計画の大きな邪魔になってはいないが、いずれは立ちはだかる事になるだろう。
パンドラはすっくと立ち上がる。計画が最終段階に入った今、余計なおしゃべりに費やす時間はもう存在していなかった。
暗がりに向かって恭しく一礼すると、その暗がりから金属的な足音と共に青年が現れた。
「行くぞ」
「ええ」
短い宣言に短く返事しながら、パンドラと青年はそこから出て行った。
いつか、必ず。
青年はそう言った。
「何ですか?」
「別に」
パンドラがその意味を問うが、青年は答えることはなかった。
――いつか必ず、決着をつけなくてはならない。俺の後継者と。