――話はビュウブームたちが入り込んだ頃に遡る。
奇しくも同じ研究所に乗り込んだフィアたちは、ビュウブームたちとは違って正面から潜入していた。
堂々と正面から乗り込んだ彼女たちが警備用アンドロイドに見つかることがなかったのは、ひとえにレイのおかげである。
レイの生まれたレイヤーゼロは通称「幻影惑星」であり、ホログラフやジャマーなどが発達していた。その技術は、レイにもきちんと備わっている。
研究所の入り口から回線を乗っ取った彼女は、スクリーンをかける事で自分たちの姿を見えなくさせたのだ。
警備アンドロイドたちも彼女らは「いない」と認識したので、直接触れない限りは存在を気づかれる事はない。だからフィアたちは大きく動けたのだ。
「でも回線が生きていたのはラッキーだったのだ」
「……そうかしらね」
気楽に言うGEOLYTEに対し、フィアの表情は固い。警備アンドロイドがまだ動いていると言う事は、ここは廃棄された場所ではないはず。
ならば、何故ここには人の気配がないのだろう。
研究員全員が出払っている、なんてことは有り得ない。アンドロイドが歩いている以上、それを指示する者は必要だからだ。
そんな事を考えているうちに、足は確実に中心へと向かっていたらしい。厳重なロックがかかった扉が、フィアたちの前に立ちはだかっていた。
「このくらいのロックなら楽勝楽勝♪」
鼻歌交じりにレイが解除して、扉を開く。
一歩踏み出すと、入室に反応して明かりがつく。どうやらここは、アンドロイドのデータを集めたり纏めたりする部屋のようだ。
試しにコンソールを叩いてみると、あっという間に電源がついて起動する。雪崩のように流れていく文字は、銀河共通文字ではなかった。
ただ、つづりからでどれがどのファイルなのかは何となく察することが出来る。ポインタを動かして、ファイルの一つを開けてみた。
「?? これ、設計データみたいなのだ」
「……もしかして!」
フレームや基体に見覚えがある。ファイルをもっと開いてみると、基本理論や設計図面なども保存されていた。
「レイ、急いで保存媒体セットして!」
「え? 何で??」
「急いで!」
フィアの剣幕に押され、レイが慌てて部屋内を駆け回ってディスクを探し出してきた。手早くセットして、ファイルの中身を全てダウンロードしていく。
隣でずっと覗いていたGEOLYTEは、ようやくこのファイルが何なのかをおぼろげにだが理解した。
口に出そうとしてフィアの肩を叩いた時、大地震が起きた。
「きゃあっ!」
「わわわわわ!」
悲鳴を上げてへたり込む二人を余所に、フィアはディスクを持ったまま覚束ない足取りでどこかへと消える。
「あ、フィア大尉!」
「危ないのだ~!!」
慌てて呼び止めようとするが、凄まじい揺れに足を取られないようにするので精一杯。それでも何とか歩こうとするが、もうフィアの姿はなかった。
どうしようと顔を見合わせた時、ようやく全ての警備アンドロイドを倒したビュウブームたちが飛び込んできた。
「GEOLYTE! レイちゃん!」
「ビュウ兄貴なのだ~!」
「レイ伍長とGEOLYTEの無事を確認。身柄を確保のうち、ここから脱出します」
OREANAが淡々と二人に手を差し伸べるが、どうも彼女も足がおぼつかない。この地震で上手くバランスを取るのが難しいのだろう。
「とりあえず、皆でここを脱出しようぜ。ここは長く持たねぇだろうし」
「ちょ、ちょっと待って! フィア大尉が!」
レイの必死の叫びに、ビュウブームたちは顔を見合わせた。
フィアたちが研究所に入り込んだ頃、ラキたちはまだ座敷童に導かれるままに歩いていた。
歩いている間、全員で彼に質問を浴びせたのだが……。
「なあ、お前は誰なんだ?」
「秘密」
「何で私たちを助けたんですか?」
「助けたいと思ったから」
「オイラたちの事知ってるみたいッスけど……」
「まあね。よく知ってるよ」
と、雲を掴むような答えを返してくるだけで、全く彼についての情報は得られなかった。
ただ、彼のちょっとした仕草や歩き方などは、グランネストやブビット、ジャゴンボに良く似ている気がする。背が彼らと同じくらいだからだろうか。
一体どのくらい歩いたのだろうか。そろそろ子供たちが根を上げるかなとラキが危惧していた時、座敷童が足を止めた。
当然、ラキたちも足を止める。フォルテたちはいきなり止まった理由を求めて騒ぎ出したが、一人背が高いラキはその理由をすぐに察した。
視線の先から、何かが歩いてくる。急いで身を隠したいところだが、座敷童が動かないので自分ひとりだけが隠れるわけには行かない。
黒一色の装備をした背の高いその人物は、間違いなくアンドロイドだった。そして、ラキたちがここに来て最初に見かけた者だった。
GEL-GELのモデル(だと思われる)になったアンドロイドが、こっちに向かって歩いてきていたのだ。
隣に女性の姿は見えない。どうも、彼は単独で行動しているらしい。たまに足を止めて辺りを見回しているのを見るに、どうやら人を探しているようだ。
「……TELOS」
「え?」
座敷童の一言に、ラキの視線がそっちの方に向いた。
「プロジェクト・ジェネシスの基盤となる人。彼の存在が在って、ジェネシスナンバーが32体生まれた。
全ては、彼の後を継がせるために」
「ジェネシスナンバー……」
かつて、七賢がGEL-GELの事を「ジェネシス32」と呼んでいたのを思い出す。彼が言う「ジェネシスナンバー」がその事だとすると……。
だが、ラキの思考はそこで止められた。前触れもなく、突然地震が起きたからだ。
「うわっ!」
「ひゃあああ!!」
臆病なフォルテがこっちにしがみつく。グランネストもぺたんと座り込んでしまったが、そっちはブビットやジャゴンボが支えていた。
ファイアムにいた頃、地震はそれなりに体験してきたラキだが、この揺れは今まで体感してきたものとは大きく違っていた。
下からの震えではなく、何かに共鳴しているかのような震え。何となしに空を見上げ、ぎょっと表情を引きつらせてしまう。
――巨大隕石らしきものが、こっちめがけて接近していたからだった。
慌てて座敷童やTELOSの方を向くが、彼らはもう姿を消していた。どこかに逃げたのなら、自分たちが追いかけることはないのかもしれない。
逃げなければ。そう思う。
なのに、足は何故か動かなかった。
「ラキさん!」
「早く、早く逃げないと!!」
フォルテやグランネストたちの声が聞こえるが、それも遠くからか近くからかが解らなくなっている。
自分は、立っているのか。それとも倒れているのか。そもそも、「自分」と言うのは何を指しているのだろうか。
解らない。
(落ちる隕石、砕かれた大地、変わる星、逃げ出した人々、逃げられなかった人々、怨念、災厄の惑星……)
ぐにゃり。視界が大きく歪む。
意識の境界線がぼやけ、夢の中を歩くように、ラキはふらふらと歩き出した。
(……プロジェクト・ジェネシス、TELOS、ジェネシスナンバー、レアメタル、METEOSモード、メタモライト…………)
どこからともなくフィアが現れ、ラキと同じようにふらふらと歩く。
呼んでる。間違いなく、あの星とここが、自分たちを引き寄せている。
(ロスト・パラダイス、太陽系、……地球……)
鼓膜を破りそうなくらいの轟音とともに、隕石がその姿を現した。
「……メテオス」
光が全てを消し去り、何もかも無に帰していく。
大地が砕かれ、そこにあった物全てが崩れていく。
地球が滅びた日。
――災厄の惑星メテオスが、生まれた日。
『Byebye,Earth!! Happy Birthday,Meteos!!』