無謀だ、と全員が瞬時に悟った。
それは相手が自分たちに襲い掛かってくることではなく、自分たちが相手に襲い掛かることだった。
敵は、それほど強い存在だった。
自分たちがどれだけ足掻いても、あっさり倒されるのではないかと思えるくらいの、強敵だった。
相手はただの人間にしか見えないのに。
――心の底から力がほしいと思ったのは、最初からあったことだった。
爆発音と共に、新しく開発したはずのインパクトブラスターが破壊され、衝撃でアナサジが吹っ飛んだ。
「アナサジさん!」
GEL-GELが彼女のフォローに回ろうとするが、それより先に“彼”が動き、手に生んだ目に見えない刃を閃かせる。
さすがに何度も食らったので、間合いはある程度見切った。ぎりぎりのところでそれをかわし、GEL-GELは改めて“彼”を見た。
だが、それはアナサジの戦線離脱に他ならない。吹き飛ばされた彼女は、もう手持ちの武器を全て失ってしまったからだ。
今、メタモアークに代わりの換装フレーム射出を頼んでも、それがたどり着くまで彼女は戦線にい続けられるか。答えは否だ。
アナサジもそれが解ったので、後ろに跳んで戦線から離れる。換装フレームを射出して装備するまで、約10分。この戦いは、そんなに長くは持たない。
「シャレになってねぇな……」
まだMETEOSモードになっていないビュウブームが、一人つぶやく。それを聞き取りながら、ラスタルは一つの結論をはじき出した。
(……アンドロイドである以上、僕たちには限界を超えられる能力がないんだ)
驕るわけではないが、今の自分たちの実力はそこらの部隊を遥かに上回っていると思っている。数こそ少ないが、ほぼ全員が一騎当千の強者だ。
次々に作られていくオリジナルフレームに、性能を桁違いに跳ね上げさせるMETEOSモード。これらが揃っている以上、そう負けたりはしないと思っていた。
それがコメットなら。計算されつくした「通常」の力を持つだけのコメットなら。データが揃っている、同じ軍の者なら。
だが、もし仮にデータもない、「通常」以上の力を秘める者――超越者に出会ったとしたら。それと戦う事になったら。
どのように計算しても、結果は見えない。仮にはじき出したとしても、敗北の二文字が大きくのしかかる。
まあ実際にはそういうことはないだろうとは思っていた。超越者などという存在と、自分たちは遭遇しないと頭のどこかで考えていた。
現実は容赦ない。今あるのは、自分たちの敗北を突きつけようとする超越者だ。
それでもビュウブームの顔や目に諦めはない。敗北=滅亡なら、勝利=生存であるほうがいい。そして勝利するために神を倒さねばならないのなら、倒すまでだ。
フレームに装備されていた武器であるブレードトンファーをセットしなおし、もう一度“彼”に向かって駆ける。飛ぶのではなく、自らの足で。
「……無駄な事を……」
“彼”の顔が、ほんの少し怒りに歪んだ。まだ立ち向かってくる事、それに対して、“彼”は怒っているように見えた。
何度立ち上がり、何度立ち向かった所で結果は変わらない。だが、このまま負けるわけには行かない、それは全員の総意だった。
GEL-GELが、ビュウブームに続いて駆ける。愛用となったスライドブレードを片手に、“彼”の隙を突こうと動いた。
ラスタルはぼろぼろになったアナサジを引かせ、転送するようにオペレーターに要請する。これで彼女が破壊される事はないだろう。
しかしこちらは戦力が一人減り、ますます窮地に立たされてしまった。戦術点からしても、遠距離からの援護が出来るアナサジのリタイアは大きい。
今はOREANAが射撃に回っているが、いずれ弾薬が尽きるだろう。GEOLYTEの引っ掻き回しもあまり効果が望めない以上、長引かせても勝利はない。
自分の武器を見てみる。大振りのコンバットナイフに、MMマシンガン、ミニミサイル。索敵や偵察がメインの自分にしては、武装は多い方だ。
(たったこれだけで? これだけで『武装は多い方』?)
ラスタルは、自分の判断にけちを付けたくなった。この程度の武装と索敵で、“彼”にどんな攻撃が出来るというのか。
「うわっ!」
その間にも、GEOLYTEが“彼”の攻撃を避けきれずに転倒する。ビュウブームの攻撃で追撃は防げたが、彼の装甲もそろそろレッドゾーンだ。
OREANAがまだ立ち上がれないGEOLYTEをかばうように、ニードルマシンガンを連射する。
だが鋭い針の乱射も、“彼”に深いダメージを与えるに至らない。服がいくらか裂け、肌に傷がついても、その矢先にふさがれていくのだ。
「全く、そのタフさと回復力、分けてほしいぜ」
何度目かの再生を見たビュウブームが、いらだち混じりに吐き捨てた。
(細かい攻撃を連続で当ててもダメなんだ。大きな攻撃を当てて、一気に削るしかない)
“彼”が圧倒的有利な立場に立っている原因である、驚異的な再生能力を打ち負かすほどの攻撃。それが今のラスタルたちに欠けているものだった。
(でも、そんなものはない)
いつしかレグやラキに聞いたことがある。超強力な攻撃になればなるほど、ボディが大きくならないといけないと。
――攻撃力とガタイのでかさは比例しててな。でかけりゃそれだけ一撃が強い武器が出来る。
メタモアークの主砲の検査をしていたレグが、そう答えてくれた。
「強度とエネルギー効率ですね」
ラスタルが聞くと、レグはこっちを見ずに一つうなずいた。「スパナ取ってくれや」と言ってきたので、近くの工具箱から大きめのスパナを出して手渡す。
「熱さ冷たさ関係なくでかいエネルギーを発すりゃ、それだけそれを受け持つ体に反動が来る。それだけの反動を受け入れるとなりゃ、必然的にでかくなるのさ」
今レグが検査しているメタモアークの主砲は、一番背が高いソーテルの二倍以上の高さだ。ラスタルにすればかなり大きいが、レグに言わせればコンパクトらしい。
昔は弾にしたメテオを打ち上げるために、弾丸の二倍以上の大きさの砲身がないとダメだったのだ。それだけボディが貧弱だった、とも言える。
実弾を撃つにしても、エネルギービームを撃つにしても、威力が大きくなるにつれ、溜め込むのと耐えるためにボディが大きくならないといけないのだ。
「ま、お前さんは小さいから、どっちかってぇとパワーよりも頭を強くすりゃいいさ」
(頭だけじゃダメだ。パワーだって必要なんだ)
今の自分に出せる力は、“彼”に大ダメージを与えるどころか、かすり傷を与えられる程度だ。この状態では、勝てない。
武器もロクに持たず、力もそれほどない。戦い方なんて、ほとんど知らない。
それでも、勝ちたい。
今の状況をひっくり返したい。
力が欲しい。
ラスタルの中にあるソウルのレアメタルが、一段と激しく輝いた。
同時に、彼の目の色がサファイアブルーから緑がかった青へと変化する。ラスタルのMETEOSモードが、起動したのだ。
「ラスタル!」
誰かがラスタルに呼びかけるが、彼は応じない。前線に立たないはずの彼は、一歩前に進んだ。
“彼”の顔が、少しだけ不穏へと変わる。ラスタルがMETEOSモードを起動させたのはわかる。だが、その先が読めないのだ。
データ収集などに用いるゴーグルが爆離し、素顔が晒される。目の色が変わっていることを、全員が目視した。
そのゴーグルを備え付けていたヘッドギア――中心にある特殊ガラスで出来たセンサーに、エネルギーが集中し出した。それが何に繋がるのか、誰もが悟れなかった。
「……逃げろ!」
一番先に予想できたのは、同じMETEOSモードを持つGEL-GELだった。エネルギーの一点集中、そこから導き出されるものは……。
答えは、ラスタル本人が言った。
「ストレートレーザー、発射」
「……で、この状態か」
「ま、仕方ないですよ。体内のエネルギー、全部ぶち込んだんじゃないんですか?」
エネルギー切れで動かないラスタルを見て、ラキは呆れたようなため息をついた。
ロスト・パラダイスを探索中に遭遇した「敵」。圧倒的な力を見せ付けられながらの死闘。ラスタルの覚醒。
全てモニターしていたラキは、一応ラスタルが倒れた理由に見当がつく。レアメタルのエネルギー放出に、ボディが限界を超えてしまったのだろう。
「でも、センサーを巨大レーザーに変えるだなんて……」
「必要以上のエネルギーをぶち込めば、そういうことも可能だぜ」
ラスタルのセンサーグラスを撫でてみると、まだ放熱が収まっていないらしく熱い。冷却装置が内部にあるので、そう長い間は熱くないだろう。
(……それにしても……)
GEL-GELのイレイザー、ビュウブームのトールハンマー、そしてラスタルのストレートレーザー。
どうもMETEOSモードは、必ず一つはこういう技を持つようになるらしい。溜め続けていたエネルギーが、こうやって吐き出されるのだろうか。
(だとすると、何でOREANAは発動しないんだ?)
彼女も確かにMETEOSモードがある。人工的に入れると発動しないのなら、ラスタルが力を発現できるわけがない。
ラキは少し不安な目を、OREANAに向けた。