故郷は遥か遠く。
積もる思いは山となり、思うが故の涙は海となり。
いつしか純粋が故の憎しみへと成り果てる。
憎しみは、憎しみのまま積もりゆく。
あの戦いの後、七賢たちはずっとメタモアークの行方を追っていた。
移動は常にテレポートで、場所を定めぬ不安定なジャンプの繰り返し。ほとんど無闇やたらな情報収集。前までは絶対にやらない行為の数々。
正直、戦っていた方がまだマシだったのではないかと思えるくらいに、全員がめまぐるしく動いていた。
そこまでしてメタモアークの行方を追っていたのは、ひとえにその中にジェネシス32――GEL-GELやエデンがいるからである。
彼らは自分の計画にとっては大きなカギになりうる。自分たちの仲間――一賢であるエデンに、ヤルダバオトにとっては弟に等しいGEL-GEL。
放っておけるわけがなかった。
そのような理由で探し回る事数日。ようやく、イシュタルが場所を掴んだ。
「ロスト・パラダイスの辺境……もっと詳しく言えば、中央域の切れ端に差し掛かる所、かしら」
「……最悪じゃない」
イシュタルの報告に、アリアンロッドが眉をひそめた。
ロスト・パラダイスは、七賢が一番気にかけている宙域でもある。何も知らない一般人にとってはただの見知らぬ場所だが、彼らにとってはかなり重要な場所なのだ。
そのロスト・パラダイスに、メタモアークがいる。これはかなり問題だとアリアンロッドは取った。
だが。
「……いえ、事と次第によっては、僥倖ともいえますよ」
ヒュペリオンが眼鏡をくいっと上げながら、アリアンロッドの言葉に反応した。
「レアメタルの件といい、乗っているクルーといい、あの艦はなかなかどうして凄い人材がいますからね。ジェネシス32以外にも」
「しらべたの?」
ヨグ=ソトースの問いに、ヒュペリオンは「解る程度、ですよ」とだけ答えた。知識に関してはトップクラスの彼は、余計な含みを持たせる悪い癖がある。
解る程度。それはつまり、ラキやフィア、クレスにディアキグの過去の事故を熟知した事になる。そこから、彼はメタモアークの人材に興味を持ったのだ。
事と次第によっては、確かに彼らは戦力になるかも知れない。だがそれは危ういバランスの上。
「軍」と言う信じられないものの筆頭である以上、彼らに託すのは最後の手段にしておくべきだ。出来る所までは、自分たちで粘りたい。
そのためには、まず自分たちもロスト・パラダイスに飛ぶべきだろう。まだ調べつくされたわけでもないので、新たな発見があるかもしれない。
その頃。メタモアークでは今まで調査してきた星と、そこで遭遇したコメットについての関連性などを調べていた。
ここロスト・パラダイスで遭遇・殲滅されたコメットは、全て一般地域で変異したものとは違い、サイズが桁外れに大きかった。
数が少なかったのが幸いだったが、逆に言えば何故そこまで数が激減したのか、また何故巨大なのかという疑問が残る。突然変異の果てなのか、それとも何かあるのか。
星の大気成分は全く異常なしで、そこからの変異は考えられない。となると、やはりコメット自体に何かあるのか。
「少なくとも、ロスト・パラダイスという宙域自体は、私たちが住む宇宙と全く変わりませんな」
フォブが髭をなでながらつぶやく。重力異常のあるグラビトールや、新星状態を保ち続けているサードノヴァなどの亜空間とは違い、空間に問題があるわけではない。
だが大量に発見されたレアメタルや、巨大化しているコメットの事を考えると、何かがあると思って間違いない。
「人が住まない宙域を、全く変わらないというのも変な感じだがな。しかし……」
「……あの。この宙域で検索してみた所、少し変わった点があるんです」
珍しくロゥが、クレスの言葉をさえぎるように発言した。抑揚を見せない彼女がこうして動くという事は、何か興味深い点を発見したのだろう。
ロゥとスターリアが操作すると、大型ディスプレイに前に探索した時に見つけた建造物などが幾つか出された。中には、OREANAが見つけたものもある。
その中で二つほどピックアップして、画像が拡大される。ぱっと見た目は廃墟に等しい建造物だが……。
「……古すぎるわね」
何を言いたいのかを瞬時に察したフィアが、簡潔にまとめた感想をつぶやく。ロゥも一つうなずいて、建造物のデータを引き出した。
「ご覧の通り、この建造物はかなり古いです。ざっと見積もっても、軽く一億年は経っているでしょう。これは、修理工であるソーテルにも確証を取ってます」
「我々の歴史よりも、遥かに古いですな。
という事は、この宙域は、我々が誕生する前に文明や、知的生命体が住んでいたということになりますぞ」
意外なところから発見された驚愕の事実に、ロゥやスターリアを除く全員が息を飲む。
「……」
ディスプレイから眼が離せないまま、フィアは昔聞いた『神話』を思い出していた。
(昔、全ての生命は一つの星から生まれた。ホシガミと呼ばれた神様が作った星は、生命であふれかえったが、その生命は傲慢になり神の怒りを買った。
神は愚かになった生命に現実を突きつけるため、今だ生命が生まれていない星を削り取り、その星にぶつけたという……)
今思うに、この神話はメテオスの事を指していたように思える。メテオスが襲来する前もあったのだろうが、いつしか天誅方法がすり替わり、この形になったのだろう。
(星の名前は、確か……「ちきゅう」)
道のりは遠く、思いも遠く。
ただ会いたい気持ちだけが積もり行く。
積もり積もった愛憎は、雪のように溶けはしない。
帰りたい。そして帰る場所を奪った者へ天誅を。
場所は大きく変わって。
ジオライトにある連合軍本部でも、メタモアークが行方不明になったニュースは飛び込んできている。
メテオス調査の命令を送ってしばらくした後、何者かと戦闘して不安定な状態の中、強制ワープをした。そこまでは解っているのだが、その先が全くつかめないのだ。
オペレーターなどの下っ端はかなり騒いでいるのだが、不思議な事に上――しかもかなりのトップクラス――は全然騒いでいないのだ。
所詮特務部隊も手駒の一つ、と下の者達は噂するが、彼らはそれらを全て軽く受け流していた。下の階級の者の言う事など聞かない。これも上層部に入るコツなのか。
様々な憶測や邪推、噂などが流れ、連合軍本部は大きく揺れていた。……ごく一部を除いて。
「全く、無能な働き者ほど殺すべき者はおらんな」
「いやはや、全くです」
トップクラスの階級の中でも、極少数しかその場所を知らないという極秘会議室では、何とメタモアークでの様子が逐一報告されていた。
どのようなからくりを使ったのかは解らないが、今彼らがロスト・パラダイスにいることやレアメタルを大量に入手した事も、彼らにはお見通しだった。
故に、さっきの一言である。酷い、と言う者もいるかもしれないが、そうでもしないと軍全体に影響を及ぼす事もあるのだ。
無能な者ほど、自分の力を知らない。そして働き者ほど現実を知らない。上に立つ者として、お荷物になるものは処分を考えないといけない。
「……貴方たちが、大きく動いては問題でしょう?」
彼らの笑いがひとしきり収まった後、凛とした声がたしなめるように言う。この会議室の中では異質な、少年の声だった。
勲章をこれ見よがしにぶら下げた上質の軍服を着込んだ男たちの視線が、一人軍服を着ていない少年へと集中する。視線を向けられた少年は、ただ小首を傾げるだけだ。
黒髪で片目を隠し、オレンジ色のマントに白いローブが青白い肌によく馴染んでいる。髪で隠されていない黄金の目が、何度か瞬いた。
フィアの前に一度だけ姿を現したあの少年だった。
「何か手がある……そう言わんばかりの言い草だな」
「実際、手はあります。貴方たちの手を汚さずに、彼らを戦時中行方不明として扱えばいいのでしょう?」
戦時中行方不明。つまり人知れずに始末するという事だ。
これも普通の人間なら怒り狂うところだが、この場にいる者達は動揺するどころかそれが当然といわんばかりの顔になっている。
所詮、上に上り詰めるというのはそういうことだ。特に、机の上での一番になりたいのなら、なおさら。
「方法は?」
「聞かない方が良いと思われます。ここが探知されている、または盗聴されている可能性もありますので」
抹殺すると暗に言ってるくせに今更、と誰かがつぶやいたが、少年はそれを無視した。今更、というのなら、ここにいる者全員が失言を恥じなければならない。
「辺境の地や、無理難題を押し付けておけば楽かと思ったのだがね……」
会議長――この部屋にいる中でのナンバーワンは、言葉だけは惜しそうにつぶやいた。
周りの者達も、言葉だけの弔いや悔やみを上げる。ただそれだけ。己の居場所を守るためなのだから、彼らには華々しく散ってもらおうではないか。
その薄ら寒い空気の中、少年だけは何の言葉も発さなかった。表情も硬く、ふとすれば人形を思わせるほどぞっと冷たい。
「方法は任せよう。我々はせいぜい、立派な葬式の手配をしておく」
「解りました」
少年は恭しく礼をする。その礼は、王族に向けるような美しいもので、男たちは全員気分を少しだけよくした。
「では行きたまえ。パンドラ少佐」
会議が終わり、少年――パンドラが会議室を出た。
「……無能な働き者ほど死ね、か。せいぜい葬式の規模を大きくしておくんですね」
(手向けの花ぐらいは捧げて上げましょう。我らから全てを奪った、汚らしいクズどもに似合う花をね)
途中の言葉は口に出すことなく、パンドラは廊下を歩き始めた。