「今はまだ、貴方たちに真相は見せられないんだ。ごめんね」
その声は、誰の声だったのだろうか。
七賢の襲撃を退けたメタモアークだが、内部抗戦のダメージはひどくて、近くのステーションに行くまでは応急処置でごまかすしかなかった。
修理班のソーテルとベルティヒは日夜駆けずり回り、レザリーは怪我をした人の治療で連日睡眠不足に陥るほどだった。
「まあ、そういうわけで、しばらくお姫さんのお相手は出来ないらしいよ」
「むぅ」
アネッセの説明に、姫はリンゴを丸かじりしながらぶーたれた顔になる。
GEL-GELたちも修理などに駆り出されているので、とても構っている余裕はないらしい。この船で暇をもてあましているのは、おそらくネスたちと姫ぐらいだろう。
「それにしても、都合よく電気が落ちたもんだねぇ。おかげで七賢とやらも帰ってくれたし。メテオ様様かね」
料理中だったんで、味の事を考えるとそうは言えないんだけどね、とアネッセは付け加えた。
確かに、あの時電源が落ちなければ激戦で何人かはやられていたかもしれない。また、侵入した七賢によってデータが盗まれる可能性もあったのだ。
その事を考えると、原因不明とはいえど停電には感謝したくなる。とは言え、原因不明というのがやはり謎と不安を誘っているのだが。
電源周りは、すぐにソーテルたちが点検したようだが、何の問題もなかったようだ。ヴォルドンが言うに、本当に電気メテオの影響を受けただけらしい。
しかし、姫には何となくだがわかった。
あれはただの電気メテオの問題ではないと。
もっと別の何かが電気メテオを動かし、一時的にこの艦を止めたのだ。そして、情報などが流れるのを阻止した。
では、その何かとは?
あのヘブンズドアから来たエデン以外の誰が、メテオに介入してあのような事を起こしたのか?
「やれやれ、しばらくは鈍行だなぁ」
「最近は無茶しっぱなしなんだよ。ちったぁこっちの身にもなってほしいね」
リンゴをもてあましていると、修理班であるソーテルとベルティヒが並んで食堂にやって来た。時間からするに、遅めの昼食を取るつもりなのだろう。
「いらっしゃい、注文は?」
片付けていた器材を出しながらアネッセが二人に聞くと、「天丼」「俺は豚丼な」とすぐに答えが返ってきた。二人とも特盛で、と後から付け加えてくる。
注文を聞いたアネッセはすぐに料理に取り掛かるが、姫はずっと首をかしげたまま二人を見ていた。
何故だろうか。あの二人の間に、誰かいるような気がするのだ。
赤い髪をした少年が……。
一時の停電はデータが飛んだかとパニックになったが、電気が復旧して確認すると保存していたデータは全て無事だった。
当然、保存していないデータはダメだったが、それらはちょっとしたメモ程度なのでそれほどダメージはなかった。
「設計図とか飛んでなくて助かったぜ」
ある程度データを見直して、ラキはふぅと安堵の息をつく。隣で自分のコンピュータを立ち上げていたサボンもまた、同じように安堵の息をついた。
自分たちのコンピュータには、ビュウブームたちの設計図やロールアウトしてからのデータが全て詰め込まれている。一応ディスクなどに保存しているが、消えたら困る。
七賢が襲撃してきた時、もしもの事を考えて保存用ディスクは全て自分の手で持っていたが、実際に保存していたデータが消えるのはやはりダメージがでかいのだ。
モバイルとリンクできるように再設定してから、ラキはまたOREANAの設計に手をつけ始める。フレームなどの問題はクリアしたので、後はOSのみだ。
「お手伝いしましょうか?」
サボンがそう聞いてくるが、今のところ手伝えるものはない。ただでさえ、最近激戦後のメンテを二人に押し付けていたので、しばらくは休ませてやりたい。
「しばらくはねぇからさ、少し休んでな」
そう言うと、サボンが嬉しいような困ったような複雑な顔をした。
「それじゃあ、お言葉に甘えますね。フォルテさんにもそう言ってきます」
お仕事頑張ってくださいね、と付け加えて、サボンはラボを出て行った。
その後ろ姿を見送ってから、ラキは冷蔵庫に向かい、中にあったウーロン茶を取り出す。停電で冷蔵庫の電気も切れたが、中身はとりあえず大丈夫そうだ。
缶を開けて一口飲む。
(しばらくは一人で取り掛かることになるな……)
これからの仕事は感情などのデータも含むので、サボンやフォルテのサポートは届かない場所になる。まだ二人は経験も少ないし、技術も追いついていないのだ。
チームである以上、三人で取り掛かりたいのだがこればかりは仕方がないかもしれない。
と、ふとそのままにしておいてるはずのGEOLYTEが気になってきた。
OREANAの件でまだほったらかしにしたままだが、少しまとまりがついたらあれを使って教えるのもいいかもしれない。
フレームからのカスタマイズから感情OSの設定まで、実践させるのならGEOLYTEが一番だ。多少無茶をやらかしても、多分リカバリーは効くはず。
「でもまあ、まずはこいつからだよな」
手をつけ始めたOREANAのデータを見ながら、ラキはそう一人ごちた。
構成したOSを、今まで解析できたGEL-GELのデータを元にいくらか訂正を加えていく。矛盾が出来てしまった所もあるが、そこは強引に修正しなおす。
しかし、多少の無理は覚悟の上とは言え、このまま行くと感情OSが他のデータに押しつぶされる可能性が出てきた。
「……作った奴は相当の天才だよな」
メックス星人でも、おそらくここまでの技術を持ったメカニックはいないだろう。
一体GEL-GELを作ったのは誰なのか。そして何故ここまでの高度な技術を持っているのに、世に知られる事がなかったのか。
よく頭に浮かぶ疑問を打ち消しながら、ラキはまた作業に戻った。
ラキのラボを出ると、フォルテが待っていた。
「時間、大丈夫ですか?」
フォルテの問いにサボンはこくりとうなずく。
「それじゃ、今の内に作業しましょうか」
ラキがOREANA製作に時間をかけている間に、自分たちも自分たちでできることをしようということになったのだ。
二人はとりあえず誰にも見られないうちに、とこっそり行動を開始する。まずは『彼』が置いてある部屋に向かうのだ。
サボンはラボを与えてもらっていないので、レグに頼んで一室だけ用意させてもらっている。元は兵器開発用の部屋なので、物々しすぎるのが問題ではあるが。
「お邪魔しまーす……」
つい癖でそんな事を言いながら、部屋の中に入る。後ろにいたフォルテが、部屋のスイッチを入れて明かりをつけた。
簡易の調整カプセルに、一人のアンドロイドが眠っている。ラキが処置にどうしようかと悩んでいたあのGEOLYTEである。
フォルテが持ってきたモバイルと自分のインカムを繋ぎ、軽く操作してプログラムを立ち上げる。フォルテがリンクしたのを見計らって、サボンがコードを繋いだ。
歩くデータバンクともいえるフォルテがこうしてリンクすることによって、サボンをナビゲートしようと言うのである。
「それじゃ、前の続きからですよ」
「はい」
なるべく先端を見ないようにしながら、サボンはGEOLYTEのチューンナップをはじめた。
――ラキがGEOLYTEの処置に困っていると知った時、二人は自分たちだけでGEOLYTEを強化して戦線に出そうと考えたのだ。
戦力不足を案じた二人は、自分たちが持てる能力を全て使い切るつもりでGEOLYTEの強化をすることを決めた。送り返してしまうのが、あまりに不憫だったのだ。
二人にカスタマイズをするほどの技術はない。だが各部の強化やチューンナップは出来ると思い、こっそり始めた。
ラキには内緒で、クレスに企画書は提出してある。最初上司であるラキに相談無し、というのに眉をひそめられたが、事情を話すととりあえず許可は出してくれた。
送られてきたのはマルチタイプのチャイルドなので、まず強化したのはスピードやダッシュ能力である。
「高速戦闘派のビュウブームさんと被るでしょうかね~」
冗談交じりにそうは言ってみたものの、これがまたなかなか難しい。内部にダメージなくスピードを上げようとすると、バランスが重要になるのだ。
あれを外し、こっちを取り付け……。補うためのパーツも考えると、かなり時間がかかった。たかがスピード、されどスピードと言うやつである。
瞬発力のダッシュ能力もまた一苦労だった。足にローラージェットを付けられなかったので、それの代わりになるパーツを探したのである。
結局、スピードを損なわないコーティングを施し、慰め程度のジェット装置を取り付けることで、何とかスピードとダッシュの向上に成功した。これだけで丸一日。
そして今は攻撃力などの強化のために、腕部のチューンを始めているところだった。
「やっぱりライフルとかの遠距離狙撃には向いてませんよ」
インカムを一時外して、フォルテがサボンにアドバイスする。
「それより、携帯用の拳銃などによるヒット&アウェイが向いてると思います」
「やっぱりそうですか~……」
「元々、マルチはチャイルドやアダルト関係なく、人海戦術などが向いてるんですけどね。でもうちに回されたのは一人だけですし」
出来るのかなぁとため息をついた時。
びぃーっ! びぃーっ!
警報が、鳴った。