あの日は、ダウナスでも記録的な猛暑と言われた日だった。
研究の裏づけのための資料を求めるために、あの星に降り、彼は自分の教え子だった生徒と出会った。
教え子はほぼ全ての教科で優秀な成績を収めている優等生で、こっちとしても教えがいのある生徒だった。ただ全てが優秀だったので、逆にそこが難点だった生徒だった。
卒業してからの事を聞いてみると、予想通りどの分野を突き詰めればいいのか解らない、と答えてきた。
――これからどうする。
――主に研究するのが見当たらないんですよ。自分でもこれじゃダメだとは思うんですけどね。
相変わらずの飄々たる態度にため息をつきながらも、こいつを助手に迎え入れてもいいかも知れんな、と彼は思っていた。
これから研究する分野は合成人間――少し未知の分野でもある。グラビトールではまだ合成人間の研究が進んでおらず、自分でもどうするべきか悩んでいたのだ。
メガドームではどのくらい進んでいるか解らないが、ある程度の知識ならすぐに吸収する彼なら、助手としていい力になってくれるだろう。
彼はこれから研究する分野の事を少し話し、助手にならないかと誘った。
教えられた恩か、それとも興味からか。生徒はその話にすぐに乗ってくれた。
――ところで教授、お子さんはお元気ですか?
「メタモライト?」
始めて聞く名前だった。
ラキがオウム返しに問うと、ディアキグは面倒臭そうではあるがきちんと答えてくれた。
「メタモライトは、レアメタルよりも希少価値の高い物質だ。軍の記録によれば、飛来してきたのは全部で5つ。
ジオライト、スターリア、ルナ=ルナ、フロリアス、ダウナスにそれぞれ落ちてきた。回収されたメタモライトは上層部に送られて厳重に保管されている」
「どうしてそのメタモライトが私たちの艦に?」
「そこまでは知らん」
サボンの問いには一言で切って捨てた。確かに、置かれている理由は大佐ぐらいの地位の者でないと知らないだろう。
クレス艦長も多分知らないだろうな、とラキは心の中でつぶやいた。
「で、このメタモライトにはどのような力が?」
また問うてみると、今度は少しの沈黙の後に答えが返ってきた。
「成分や効果などはまだ研究中だが、メテオスに対しての何らかの効果があるのでは、という推論がある。だが、どのような接触をしてもメタモライトは応えてくれん」
「ただの石という可能性は?」
「『ただの石』が、メテオスから飛来するメテオを防げると思うか? 現にメタモライトが飛来した惑星には、それ以来一度もメテオが襲来していない」
仮に飛来しても、途中でありえないほどの強引さで軌道修正をして、その星から姿を消すらしい。どういう理論なのかは全く解らないが。
スターリアでは女神の奇跡と言われているが、この石に関係があるのは確かだ。
(とんでもない石だな)
ラキは、ふぅとため息をついた。
希少価値のある石がまだあるとクレスから聞いて、管理を任されているディアキグに無理やり許可を貰って見させてもらったが、これではレアメタルと同じには扱えない。
GEL-GELも多分、この石の事は全く知らないだろう。後で彼に聞いてみるつもりだが。
ラキはディアキグに頭を下げ、サボンを連れてラボに戻ることにした。
一人残されたディアキグは、装置を操作してメタモライトを守るガラスの壁を一時的に解放した。音もなく外へと出されたメタモライトは、変わらずに光を放っている。
直にメタモライトに手を触れてみる。
ヴォルドンのように鉱石学者ではないので詳しいことは解らないが、この石について解っている事が少しだけある。
この石は、間違いなくダウナスから内密に運ばれてきたものだ。
――お子さんはお元気ですか?
生徒は彼の息子について聞いてきた。在学中に2、3回は会わせたことがあった事を、彼は思い出した。
彼には息子がいた。妻とはそりが合わずに離婚したが、息子だけはこっちが引き取ると言う事で互いに同意したのだ。……息子は離婚した事に怒っていたが。
ここに連れて来た、と言うと、仕事なのにいいんですかとまた聞いてくる。こっちの家庭問題なのだから、余計なことにまで首を突っ込んでほしくない。
まあ問うた本人もこっちの性格が解っているので、すぐに「失礼しました」と頭を下げた。
息子の方は生徒の事を忘れてるかもしれないが、会わせない理由にはならない。どうせだから会って行けと言ってみた。
――よろしいので?
――構わん
研究……仕事ついでに連れて来たようなものだから、息子はさぞかし退屈しているだろう。助手は柔和で人当たりも良いから、いい遊び相手になってくれるに違いない。
それじゃあ、と助手が立ち上がる。つられて彼も腰を浮かしかけた。そんな時だった。
空に、いくつもの星が見えた気がした。
同時に鳴り響く、メテオ襲来のサイレン。
防衛としてダウナスに滞在している連合軍とこの星独自に用意した軍が飛び出して、民間人に避難を呼びかける。
助手はすぐにシェルターへの避難を勧めたが、彼の脳裏にいたのは遊びに行かせた息子だった。
――まずい、一つ抜けた!
――何だあの速さは!?
そんな声が聞こえた気がするが、彼には関係なかった。このままの方向だとどこかのシェルター近くに落ちるとか、そんな話も聞こえたと思うが、それも関係ない。
走る。カンを頼りに、息子がいるであろう場所へと走る。
日ごろの行いがよいのか、すぐに場所は解った。人がたくさんいる広場に、息子を見たという人がいた。シェルターには、まだ入っていないらしい。
何故入っていないのかは解らなかったが、とにかくいる場所へと向かう。軍の者が上手く誘導してくれているお陰で、人ごみにぶつからずには済んだ。
息子は、勇敢にも広場で小さい子などを先導していた。泣き出している子をなだめて走らせると、こっちの方を向いた。
声が聞こえてきた気がした。気がしたのは、近づいてきた轟音が全てをかき消していたからだ。負けじと声を張り上げるが、息子には聞こえていないようだった。
空を見上げると、メテオがこっちに向かって来ていた。サイズこそ極小だが、落ちればどうなるかは解らない。
急いで手を繋いでシェルターへと走ろうとした瞬間。
――……に、……!
息子が口を開いた。
「メタモライトを見せたようだな」
後日、ディアキグはクレスにそう詰問されていた。
「どうするつもりだ?」
その一言に対する答えは、唯一つだった。
「責任は全て、俺が取る」
轟音。
衝撃波。
何かの声。
途切れた手の感触。
全てが終わった後、そこにあったのはメタモライトと、落ちた衝撃で出来たクレーター。
そして倒れた息子――カナ=ヴィドルだった。