君は、何を、思う?
その少女は、紫色の帽子とライトブルーのパンタロンから伸びた尻尾が特徴的だった。
「汝は、別惑星の者か?」
少女は尋ね方を少し変えてGEL-GELに聞いてくる。最初ぽかんとしていたGEL-GELだが、すぐにこくこくうなずいた。
こっちの答えで少女の顔がぱっと明るくなり、ぱたぱたと近づいてきた。背丈としてはニコやサボンと同じくらいで、帽子と尻尾が特徴的だ。
異星からの来客者が珍しいのか、GEL-GELをあちこちから観察してはふむふむとうなずいている。
「あ、あの……」
「うむ、やはり汝が我の力になってくれそうだ」
よく解らない事を言って、少女は手を握ってくる。小さいが、自分にはないぬくもりがある手だった。
首をかしげていると、少女は「我を汝らの船に連れて行ってくれ」と言ってきた。
「はぁ!?」
「我はこの星から出ねばならぬ。星を出るには船が必要であろう?」
「いや、そう言われても……」
民間人がたくさん乗っているとは言え、メタモアークは軍艦だ。「乗りたい」と言っただけで乗せてしまったら、軍事機密も何もなくなってしまう。
しかし目の前の少女は乗り込む気満々で、自分がどう説得しても絶対についてくるのが予想できた。目がきらきらしているあたり、自分は反対しないと思っているのだろう。
(どうすればいいんだろう……?)
GEL-GELはこういうタイプを相手にしたことがない。だからどう言えばいいのか解らないのだ。
誰かに頼めば説得やら何やらしてくれるのかもしれないが、迂闊に連絡するとギガントガッシュ族に自分たちの存在を知られることになる。それだけは避けたかった。
「どうしたのだ?」
少女は悩みこむGEL-GELの顔を覗き込んでくる。どうしたもない、と怒鳴れば楽なのかもい知れないが、あいにくGEL-GELはそんな性格ではなかった。
と。
こちらの存在に気づいたのか、茂みの辺りから唸り声が聞こえてきた。
「まずい!」
少女も狙われているのか、慌ててGEL-GELの手を引いて走り出す。まあ、すぐにGEL-GELが少女の手を引いて走る形になったのだが。
「どこへ行けばいいんですか!?」
「我の言う通りへ進めばいい!」
どうやら彼女がナビゲートしてくれるらしい。ラスタルには悪いが、GEL-GELは少女が導く通りに走っていった。
「残念だけど、お前たちの要求、受けられない」
クレスの交渉を、老人は跳ね除けた。グランネストたちはともかく、フィアやロウシェンは「やっぱりな」と言わんばかりの顔になる。
何となく予想はついていたが、ギガントガッシュはあくまで独立して生きていくらしい。こっちがあまり手出ししないのだから、当然と言えば当然なのかもしれないが。
「今更、協力は、出来ない。お引取り願う」
老人がそう言うと、彼を取り巻いていた獣人がぐるると唸り声を上げる。どうやら彼らは自分たちをよく思っていないようだ。許可が出れば全員食らうつもりかもしれない。
自分たちの方を見て、老人たちを見て、クレスは内心ため息をつく。交渉失敗した事に対してではなく、これからの事を考えてのため息だった。
ヘブンズドア星の滅亡、そしてギガントガッシュとの交渉失敗。失敗がこうも重なり続けると、メタモアーク自体の危機に陥るかもしれない。
出世とかに興味はないが、このままメテオ研究をしやすい立場から外されるのは困る。それに、今のメタモアークには迂闊に上層部へと送れないものもあるのだ。
(せめてメテオについてのデータぐらいは提供してくれれば良かったんだが)
宇宙の獣人と呼ばれるギガントガッシュの中には、ごく稀に人間に近しい存在が生まれると言う。その人間は大抵が予知能力などを持っているらしいのだ。
今目の前にいる老人もその一人だ。わずかながら得られた情報によると、彼はメテオについて何か知っているらしい。
だが頑なに協力を拒否する以上、無理やりにでも押し通すのは逆効果だろう。今回は諦めて、また日を変えて出直したほうがいい。
クレスはそう決めて、フィアたちを連れてメタモアークに戻ることにした。
「どうもすみませんでした」
お辞儀を一つして去ろうとすると、一人の獣人が老人に耳打ちをした。二人は険しい顔になって話し合っていたが、やがて一つうなずいた。
「お前たち、聞けるか?」
こっちも聞こえないようにフィアたちに聞くと、耳をひくつかせていたグランネストが「ある程度ですけど」と答えた。
今すぐ聞きたいのを押さえ、クレスはフィアたちを引き連れてその場を離れた。彼らの姿が見えなくなったのを見計らって、メタモアークに連絡を入れる。
ワンコールで、サーレイが応答してくれた。
『こちらメタモアーク』
「クレスだ。交渉は失敗したので、一応そっちに帰還する。ビュウブームたちはどうだ?」
『それが……GEL-GELだけ帰還していません』
「何?」
サーレイの報告にクレスの眉が少しだけ上がった。
何か最近、彼がトラブルメーカーになっているような気がするな、と思いながら、クレスは詳しい説明を求める。
最初ラスタルがナビゲートしていたのだが、途中で道を大きく外れ、サーチ可能範囲から外れてしまったらしいのだ。最後の連絡は「しばらく帰れません」の一言のみ。
どうもここの住人と会ったらしく、そこでトラブルに巻き込まれたらしい。一度クレスが帰ってきていないかと聞いてきたとか。
おそらく今、その住人とどこかへ逃げている最中だろう。ラスタルがサーチできる範囲は広いが、細かい場所まではサーチできない。その間隙内に入り込んだと思われた。
『メタモアークでもサーチしてますし、ビュウブームさんたちも探してはいるんですが……』
いまだに行方は解らない。これは少し問題だ。
一体どうすればいいのかと思っていた時、グランネストが「あー……」と何か納得したような声を上げた。
「GEL-GEL様は、多分ここの住人さんが言う『姫様』と一緒なんだと思います」
「姫?」
「おじいさんたちはさっき、『姫様がいなくなった』と言ってましたから」
さっきというのは、クレスたちが去ろうとした時のことだろう。なるほど、それなら彼らが険しい顔になるのも解る。
ギガントガッシュの姫の話も聞いている。あの老人と同じように人間に近しい形で生まれた存在で、予知能力などの超感覚に鋭い少女らしい。
その姫が何故逃げ回る立場になっているのかは解らないが、GEL-GELのこともあるのでその行方を追わざるを得なくなってしまった。全く、とんだトラブルだ。
クレスは一度メタモアークに戻ると告げた。ギガントガッシュの住人を刺激するわけには行かないので、自分たちが歩かないといけない。
遥か空の彼方で、メテオがギガントガッシュを狙っている事に気づいている人は少ない。