ヘブンズドア星は、見るも無残にただの残骸と化した。それはあの賢者の像も例外ではなく、欠片が宇宙を漂っていた。
そんな欠片を、幾つかの影のうちの一つが拾った。
「悪い事、したかもな」
「元々こうなってから動き出すのは、決まってたことなんだし。同情する理由なんてないわ」
「しかし、これで我々は拠点を失ったことになる」
「拠点はあってないようなモノよね。私たちには…」
「うごきやすい。いまがべんり」
「まあまあ。惑星なんて材料を用意して手順を踏めば、誰だって再生できます。もちろん、私たちの星もね」
「そのレシピに気づくかな、あいつら」
「とっぷしーくれっと」
「さあね? でも私たちは知っている。だから、星がいくつなくなってもいいのよ」
「一歩間違えればまさにメテオスと同じよね」
「危険率は半分を切らない」
「そうですね。今は二代目が乗り込んだ船に注目してみるとしましょうか」
「……ところで、何であんたが仕切ってるわけ?」
無断出撃をしたGEL-GELは、すぐにブリッジへと呼び出された。
「理由は、解ってるな?」
「……はい」
GEL-GELは見てる方が可哀想と思うくらいに縮こまり、クレスの罰が下るのを待っている。やはり、捨てられたことのトラウマがあるのだろう。
その執行人であるクレスは一つ息をついてから、「本来は、私から処罰を受けねばならんのだがな」と最初に言った。
「無謀な戦いはしない。軍人としては正しいスタイルを守れなかったのは、私も同罪だ」
「はぁ…」
「よって、この件については深く君を罰しない。一日間の独習室入りだ。うちは民間からの協力者が多いので、独房の代わりにそうなっている」
つまり、独房に一週間入っているのと同じものだ。だが一日だけというのは、刑罰としてはかなり軽い方なのだろう。
ほっと胸をなでおろしたのもつかの間。クレスがぼそりと付け加えた。
「その一日間の間に、別の中継ステーションに入る。今度は本格的に調査するので、一週間は出られないぞ」
……どうやら、実質的な期間は一週間以上のようだ。
独習室はある程度の設備は整っているが、艦長の許可を取らない限り面会は許されない。鍵もかなり厳重だし、出られたとしてもスターリアにすぐ察知されるだろう。
部屋の名前こそ違えど、処罰は一般の軍人に下されるものと変わらないようだ。それでも少し軽く感じられるのは、部屋の雰囲気がそんなに湿ったものではないからだ。
そこに放り込まれたGEL-GELは、やることがないので備え付けてある調整ベッドで眠る事にした。いい夢は、見られそうにないが。
さて。
話は、ヘブンズドア星が滅亡した直後辺りまでさかのぼる。
戦闘が終わったことを知ったソーテルは、ダメージを負った場所へと急いで向かった。同じ修理工であるベルティヒも、別の要修理箇所へと向かっていることだろう。
建設時から携わっているメタモアーク内を走っている中、ソーテルは影が横切るのを見た。よく見ると、それは人影だ。
「?」
影が向かう先は、どうも自分と同じ方向らしい。後を追うと、曲がるぎりぎりでその影を確認することが出来た。
人影は、幼い少年だった。
薄紅色の短衣をまとい、髪は紅色。背からしてネスたちと同じくらいか。額に赤いマークみたいなのがあるのが特徴的だ。
少年はこっちの気配を察したか、くるりと一回ソーテルの方を向き、すぐに角を曲がる。ちょうど同じ方向なので、一瞬遅れて角を曲がるが。
「…いない?」
そう。その一瞬で、赤い少年は煙のように姿を消してしまったのだ。
曲がり角からはほとんど一本道で、姿を消せる場所はない。天井や死角に張り付いているわけでもない。文字通り、姿を消してしまったのだ。
「一体何なんだ…?」
呆然とつぶやくと、ふと昔の仕事場のフリーザムでの話を思い出した。子供たちが遊んでいる中に紛れ込む精霊などの一種、座敷童。
まさか、あの少年がその座敷童だとでも言うのだろうか。
しばらく考え込んでしまったが、やがて自分の仕事を思い出して、慌てて駆け出した。
……ソーテルががいなくなった後、ふわりとあの赤い少年が姿を現す。どこかに隠れていたのではなく、本当に何もない空間からふわりと現れたのだ。
少年は走り去ったソーテルに手を振ると、ふわふわとした足取りでメタモアーク内の通路を歩くのだった。
「……はっ」
どうやら本当に眠っていたらしい。夢すら見ずに眠っていたと言う事は、相当疲れていたようである。そもそも、自分の場合は夢と言うのかは解らないが。
時間を確認すると、自分がここに入れられてから数時間ほど経っているようだ。こわばっている身体を動かすと、もうやることがない。
これからどうしようか。
反省文でも書いていれば時間が潰せるかな、と思ったGEL-GELはふらふらと机に向かうが、その時ぷしゅっと空気が抜ける音がしてドアが開いた。
誰か面会に来たのだろうかと思ってそっちを見ると、そこには見覚えのない少年が立っていた。GEL-GELは知らないが、ソーテルが見たあの少年だ。
「えーと、誰でしょうか?」
GEL-GELの問いに答えず、少年はただ黙って手を差し伸べる。その意図がわからずに困惑していると、少年はおいでと言わんばかりに手を振った。
ぼーっと見ていると、気が遠くなってくる気がする。……いや、本当に気が遠くなった。
「……システム、METEOSモードに移行」
ゆらりと立ち上がるGEL-GELを見て、少年はにっこりと微笑んだ。
ふらふらとGEL-GELが向かった先は、カタパルトだった。武器の調整をしていたレグが、GEL-GELを見て目を見開く。
「お、おい! 艦長から外出られるように…」
「出ます。メテオが来てます」
「は!?」
必要事項を淡々と告げて換装パックを装備すると、GEL-GELは外へと飛び出した。
無論、GEL-GELの二回目の無断出撃はすぐにブリッジに知らされた。
「一体どうなっている!?」
「知らないですよ!」
いらだったクレスの問いに、同じようにいらだったラキが答える。まさか再び無断出撃をするとは思わなかったので、急いでブリッジまですっ飛んできたのだ。
GEL-GELが飛んでいったのはメタモアークのちょうど真後ろ辺り。レグが聞いたとおり、確かにメテオが接近していた。
数は少ない。急いで反転して迎え撃とうとしたが……それより先にGEL-GELが全て片付けてしまった。
全ては、ここからだ。