METEOS・10

 コメット襲撃があった夜、クレスは食堂で一人物思いにふけっていた。
 本当はこういうのはバーが似合うのだが、あいにくメタモアークにそんな施設はない。酒が置いてあるのは酒飲みなクルーの部屋かここぐらいだ。
 くいっとバーボンを飲んでいると、夜勤途中のはずのレグがひょっこり顔を出した。
「おう艦長。珍しく一人で飲んでるじゃねぇか」
 この豪快なコロニオン星人は、許可も取らずに自分の前に座って「俺はウィスキーな」と酒を頼んだ。
 別に断る理由もないので、クレスは残っていた酒を飲み干してからまだ残った分を注ごうとする。
 と、その手がレグに止められた。
「手酌はやめろよ。男とはいえ、呑み相手がいるんだ」
「……」
 それも一理ある。
 レグはバーボンを注いでくれたので、こっちもウィスキーを注いでやる。適度な量になると、二人で一気飲みをした。
 何度も飲んだはずなのに、味はわからず、酔いも回ってこない。酒豪のサーレイではあるまいし、今日は身体の調子が完全に狂っているようだ。
「…ヘブンズドアの坊主はどうした?」
 あのコメットを消して見せた超能力を持つ少年――エデン。
 彼の事を聞かれて、ようやくクレスは調子の悪さの理由を悟った。酒をいくら飲んでも酔えない理由。それはあの少年にあった。
「協力してくれるらしい。だから、今は監視付きで自由に歩かせている。最も、今の時間帯では寝ているだろうが」
「なるほどな」
 手酌はやめろと言ったはずなのに、レグは自分のウィスキーをコップに注ぐ。氷は、既に解けかけていた。
「…15年前か。あの坊主、どうやって時を止めていたんだ?」
「知らん」
 レザリーが調べたところ、エデンの身体年齢は10代前半。グランネストたちと同じくらいらしい。
 ――セレンが消えたのも、ちょうどそのくらいだった。
 だがあのエデンという少年は、白銀の髪に白い眼。どこか大人びた立ち振る舞いと、セレンとは全く違っていた。そして、あの超能力。
 彼にセレンの面影を見るのは、自分のエゴなのだろうか。
「……あの時、彼がセレンの名前を名乗らなくて本当に良かったと思う」
 目の前のレグではなく、グラスに向かってクレスはつぶやく。
「もしセレンと名乗ったら、私はあの時どうしていたか、自分でもわからない……」
「だろうな」
 ウィスキーを飲み干し、レグが当然のようにつぶやく。
 死んだと思った弟が、行方不明になった時の年齢そのままで、しかも超能力まで持って帰ってきたとしたら。正直、弟と認められないだろう。
(案外、あの坊主はそれが解ってて別の名前を名乗ったのかもな)
 実の家族から、家族と認められない辛さ。
 それを耐えるために、彼は全く違った名前を掲げ、全く違った存在を演じるのかもしれない。

 宇宙基準時間午前六時。
 ヘブンズドア星に、メテオが襲来した。

「数は!?」
「およそ十万……いえ、百万は超える勢いです!」
「とてもじゃないけど防ぎきれない数ね……」
 サーレイの報告に、フィアが頭を抱えそうになった。対抗手段がある星なら、協力してどうにかなるかもしれないが、ヘブンズドア星は無人だ。
 だからこそ、すぐに撤退するという手もあるのだが。
「どうしますかな、艦長」
 フォブに判断を仰がれ、クレスは二日酔いの頭を頑張って働かせて戦術を組み立てる。無人の惑星、大量のメテオ、攻撃手段、自分たちに与えられた命令。
 どれを考えても敗北は必至だ。普通なら逃げるはずなのだが、どうしてもクレスはその選択が何故か出せなかった。

 ――お兄ちゃん、ヘブンズドア星のこの石像ってすごいよね。
 ――うん、どれもかっこいいよな。
 ――僕さ、大きくなったらまたここに来たいな。この石像、持って帰れないでしょ? だから見たいと思ったら飛んできてこれを見るんだ。

「……本艦は、ここで防衛行動に移行する」
 クレスの口から出た言葉は、無謀なものだった。

「やれやれ、何にもない惑星を守るため、たぁな」
「でも、僕らには出撃命令は出なかったね」
 カタパルトには戦闘チームが全員揃っていた。ビュウブーム、アナサジ、ラスタル、そしてGEL-GEL。それから付き添いとしてフォルテもいた。
 待機命令を出された中、アナサジがひょいっと肩をすくめた。ちなみに、愛用のツインランチャーはきっちり装備している。
「相手がメテオだもの。GEL-GELがあの技出せるんだったらあたしたちも出たかもね」
「あんなの意識して出せませんって……」
 GEL-GELが困ったような顔で手を振る。METEOSモードは、よほどの事がない限り自分の意思でコントロールできないものなのだ。
 意識して出せるようになっても、そうほいほい使うつもりはない。というか使いたくない。
「それにしても、何でここで防衛戦闘なんてやるんでしょうか。おやっさん知ってます?」
 最初の揺れからずっとビュウブームの後ろから出てこないフォルテが、顔だけひょっこり出してレグに聞く。
 換装パックを手入れし続けていたレグが、ようやくゆらりとこっちに顔を向けた。
「ラキとサボン呼んで来い。お前ら全員に話してやる」
 彼の顔には、武器の手入れから来るものとは違った疲れがにじんでいた。
 そして、ほんの少し酒臭かった。

「艦長…クレス=アルデバランはな、十五年前に行方不明になった弟がいる。実は艦長が軍人を目指すきっかけになったのも、その事件だ。
 行方不明になった弟の名前は、セレン=アルデバラン。一応死亡扱いになってるらしい」
「…おい、その行方不明になった場所ってのは」
 冷や汗を流しながらのラキの問いに、レグはタバコをくわえながら答えた。
「ご名答。ここ、魔の領域ヘブンズドアだ。
 ついでに今の艦長が二十代後半だから、そこから十五年引くとどのくらいの年齢になる?」
 レグからの問いに、全員が答えられなかった。
 答えがわからないのではなく、それが答えだとは信じられなかったのだ。

「昨日保護したエデンって坊主に、艦長は自分の弟とかぶらせちまったのさ」

 エデンは、今は安らかに眠っている……。