METEOS・9

 医療室から出た少年は、早速メタモアーク内で迷子になった。
 方向感覚というのは持って生まれた天性ゆえに、後付けの能力ではどうにもならないことがある。そして少年は、結構方向感覚が悪かった。
 とりあえず適当に歩いていれば誰かに出会えるだろうと考えていたのだが、どうもこの艦は乗員が少ないようだ。
 少しへとへとになった時、少年の鼻がいい匂いを嗅ぎこんだ。近くに食べ物があるのだろうか。
 釣られたようにそこまで行くと、どうやらそこは食堂のようだった。今は食事時ではないらしく、料理人以外誰もいない。
「入っておいで。何か食べさせてやるよ」
 その料理人に声をかけられて、少年は内心びくびくしながら食堂へと入った。

 最初それに気づいたのはやはり暇をもてあましていたレイだった。
 何の気なしに艦内を映すモニターを見ていたら、何か異物的反応を持った者が横切ったように見えたのだ。
「?」
 目の錯覚か、と思ってにらめっこする事数秒。拡大などを利用してそれがメテオと同質の人間――コメットだと解った。
「マジ!?」
 何度も確認するが、やはりそれはどう見てもコメットだ。侵入されているのに、気づいていなかった!
 慌ててレイは艦内放送のマイクにかじりつき、また敬語も忘れて大声で叫んだ。
「てっ、敵襲! コメットが内部に入り込んでる!!」
 レイの放送は艦全体に届き、少年の正体について色々話し合っていたクレスたちの元にも届いた。コメット侵入により、彼らの顔にさっと緊張が走る。
「コメット反応だと!?」
「何で今まで……」
 色々と言いたい事はあるが、今は艦内に潜入したコメットを排除するのが先決だ。とはいえ、生身の人間では感染する可能性もある。
 レイが大声で放送してくれたおかげで、通常待機だったメンバーも今は戦闘準備に明け暮れているはずだ。しばらくすれば戦闘が始まるだろう。
 とりあえずジャゴンボたちや戦闘チームが排除するまで動かない方がいい。それは解っているのだが……。
「すまん、ここは頼む」
「艦長!?」
 クレスは携帯用の拳銃を手に、部屋の外へと飛び出した。

 潜入していたコメットは一体どころかかなりの数だったらしく、もうあちこちで被害が起きているようだ。汚染された空気が少しずつ広がっている。
 GEL-GELはアサルトライフルとハンドガンを手に、その汚染の源であるコメットを一体ずつ排除して回っていた。
「ビュウブームさん、後何体ですか!?」
『俺は五体は切った。アナサジちゃんやラスタルも三、四体はやってるだろうが…。正直何体いるか数えたくねぇな』
「一体なんでこんなにたくさんのコメットが…!」
 そんなこんな言っても、コメットはどこからともなく現れてはこっちに襲ってくる。艦のクルーが変貌していないという情報だけが唯一の救いだが…。
 弾はまだたくさん残っているが、敵の数が多すぎる。ラキのラボか、レグが篭っている武器庫に行けば補充できるだろうが、そんな余裕はないだろう。
 とにかく、節約しながら戦うしかないな。GEL-GELはそう思った。
「数は……三体」
 ハンドガンで急所を狙い打つ事で、相手はもんどりうって倒れる。使った弾は四発だ。
 残弾数はまだ十以上あるが、この地域だけでもう同じくらいの弾を使ってしまった。正直、ここにとどまる事も少し危うくなってきた。
 移動したほうが戦いやすいかもしれないので、GEL-GELは走り始める。その間、襲い来るコメットは全て排除しておく。
 走り始めてしばらくして、ジャゴンボたち合成人間たちがコメット相手に戦っていた。槍やナイフ、グローブなどで相手を傷つけていく。
「みんな、大丈夫!?」
 援護射撃をすると、三人ともぱあっと顔が輝いた。
「お兄ちゃん!」
「ここにいたのはそれで終わり?」
 GEL-GELがそう聞くと、ブビットがこくこくうなずく。その顔に疲れがにじんでいるのは、かなりの数を相手にしていたという事だろう。
 一人よりもたくさん。しばらくここで敵を倒して回るのも悪くはないかもしれない。
 持っていたハンドガンをブビットに渡し、GEL-GELはアサルトライフルを構えた

「コメット反応か」
 レイの大声は、無論食堂にも届いていた。
 食堂長のアネッセは一応緊張した顔になるが、その手は器用にジャガイモの皮をむいている。逆に少年の方が慌てているようだった。
「飯は食い終わったかい? トレイはこっちに返しておくれ」
「あの、いいんですか? 放っておいて」
 まだのんきに皮むきしているアネッセに向かって、少年はそう聞いてしまった。自分が言う事かなーとは思うが、あまりにもアネッセはのんびり過ぎた。
 少年に聞かれ、ようやく彼女はジャガイモから手を離した。……とはいえ、まだ包丁は持ったままだが。
「桶は桶屋。何の力もない奴が変にしゃしゃり出るより、力を持っている奴が前に出たほうが被害が少ないさ。
 幸い、ウチにはその力を持っている奴が大量にいるからね。あたしらは事が終わるまで待っている方がいい」
 説得力のある言葉に、見事やり込められた。
(力を持っている人か…)
 少年は自分の胸に手を当てる。自分には確かに力がある。今この艦の中で暴れまわっている“彼ら”を止める方法を、自分は知っている。
 何もしないつもりはないが、下手に動いてはまずいとも思う。一体どうすればいいのか、自分にはよく解らない。
「…迷ってるのかい?」
 自分の心境を見透かすように、アネッセが静かに聞いてきた。
「迷ってるなら、自分の直感を信じてみな。意外と人間の直感ってのは侮れないものさ」

 食堂を飛び出した少年は、“鳴き声”が聞こえる場所を突き止めながら走る。
 三叉路、個室、装備保管庫、メテオ研究室…。様々な場所で“彼ら”を追いやるが、数が数なので息が切れてきた。正直、この数は予想外だった。
(どこか、大きい場所で神経を集中できる場所があれば…)
 アネッセからこの艦の事を聞けばよかったと思うが、後の祭り。とにかく今は一つずつつぶしていくしかない。
 それでも他の所で乗員が頑張っているらしく、数はかなり減っていた。場所としては後二、三箇所といったところだろう。
 ほっと一息ついていると、遠くから声が聞こえた。“鳴き声”ではなく、人間の悲鳴に近い声。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
 さすがに放っておけないので、声がした方に向かって走る。耳で直に聞こえた、という事は、かなり近い距離のはずだ。
 その予想は当たり、走ってすぐに“彼ら”に襲われている三人の少年を見つけた。それぞれが武器を持って応戦しているようだが、どうも分が悪い。
 鋭い爪を持ったその手を上げる相手を見て、少年はその間に割って入った。
「ごめんよ!」
 懺悔の声と共に解き放たれる白い波動が、“彼ら”――コメットを消滅させる。
「「え!?」」
 後ろで彼らが息を飲むが、それを気にしている暇はなかった。
 少年は残りの反応を追うために走り出そうとして……足を止めた。

「すまんが、このまま手を上げて動かないでもらう」

 いつしか後ろに立っていたクレスが、少年の頭に銃を突きつけていた。抵抗する気はないので、素直に手を上げてクレスの方を向く。
 クレスは視線で合図したらしく、三人はぱたぱたとその場を去る。残るのは、少年とクレスだけだ。
「安心しろ。コメット反応はさっきので全部だ。もうこの艦に敵はいない」
 言いたい事を察したか、クレスが冷たい声でぼそりと言う。自分にとっての敵とは、コメットなのか。それとも目の前にいる男なのか。
 やれやれ、と肩をすくめながら、クレスが質問する。
「いつの間に逃げ出したのかは気になるが、それより先に、お前の名前は?」
「……エデン」
 少年――エデンが自分の名前を告げた時、冷静だったクレスの顔が大きく変わった。

 その顔はほっとしたような残念なような、そんな複雑な顔だった。